だいぶご無沙汰になっておりました。
長期に渡って、外出していたのでアクセスすることが出来ませんでした。
日本にも色々あった2010年も残すところ、1か月を切りました。
皆様、一年間大変お疲れ様でした。
来年はいい年が来るように、願うばかりです。
(悪いことがあったということではないが、より良いことがありますようにと)
毎年、この時期になると心躍るというのは性分でしょうか。
様々なイベントや企画が年間行事として公にあるものですので
特に何か特別な意識や行動をしなくても、ついつい世間に巻き込まれて
勝手に浮足立つ自身がいます。
とはいえ、年を喰らうにつれ、楽しみ方も変わってきており
とりわけ年末への期待値は一定化してしまいますが。
さて、この時期何かと多いのがお酒の付き合いでしょうか。
自身も社会人であることから、日ごろの感謝や労をねぎらい
様々な(滅多に会わない)方とも、お酒をともにする機会が多くなってきております。
自身はあまり、お酒が強い分類には入りませんが飲めないこともありません。
それでも学生時代は、多様に(不要に?!)飲まされており、幾分かお酒も飲めるようになりました。
あの頃のお陰だと、今でも感じます。
学生自分のお酒といえば、よく強要されてたなという印象があります。
当時、あまり飲めなかった自身はよく飲まされて道端で倒れていた記憶があります。
(その時の記憶はないので、後日談として聞いた記憶があるということ)
いまに思うと、よく死なずに済んだなと。
今日も可哀そうな事件を耳にしました。
学生時代の飲み会で、18歳の女性が急性アルコール中毒で他界された事件です。
非常に難しい。
18歳、という年齢を考えると、自己責任だと感じる一方で
あの当時、それを拒むほどの力量(勇気に近いものがある)を持ち合わせていたかとなるとそんなものない。
賛否両論ありますが、自己責任と周りの責任。
率直に申し上げると、飲ませること自体、法に抵触していますが、この際そこは置いておいて。
学生時代にお酒が出るのは、よもや一般常識に近い文化ともなっています。
そこで、一種の社会常識とは言わないまでも、コミュニケーション方式を身につけるという
習慣が日本文化に根付いています。
お酒の飲み方や、場の振舞い方、自身と酒との強弱について、だいたいここで多くの人は身につけます。
ある程度、強要されることは仕方ないという意見もあれば、やりすぎだという声もあります。
要は、限度。
といえば、この話は終わりますが、限度というのはどうしても第三者が推し量れる代物ではないということ。
確かに、お酒の場なので、みんなが酔っぱらえば面白いという価値観もあると思いますが
一方で、お酒を飲まなくても、その場にいて楽しんでいる方も当然いらっしゃいます。
要は、場の作り方の限度なのだと、そう考えます。
お酒の場は、みんなのものです。
みんなが酔えば面白いというのは、その中の一部の人間の解釈であって
飲めない人の楽しみ方を潰してしまっているように感じます。
まして、今回の事件は100人規模だったと聞きますので
その楽しみ方は文字通り十人十色だったと感じます。
仮に、その女性が酒豪であった場合。
そこにも飲む限度が存在しているはずです。
先にお酒に触れ合って、様々な人と杯を交わしている方は
その辺の理解と推し量る技量を兼ね揃えて、後輩に接する必要があるのではないかと感じます。
飲ませ過ぎたという、場の理解や雰囲気を察知して、介抱する場を設けるのも
ひと足早くお酒に触れ合っている人間の責務だとも思えます。
飲ませて、放置は頂けません。
やっとの思いで大学に入り、これから人生を謳歌しようとしていた本人は悔しいでしょう。
もっと言うと、ご遺族の方は、悲しさ悔しさは、察するに余りあるでしょう。
コミュニティを築く重要さと同時に、コミュニティ内での責任テーブルというものの
重要さを認識させられる痛ましい事件です。
今回の事件、その女性は被害者でありますが自己責任論ということであれば、それもあります。
しかし、もっと重要なのは周りの人間の空気を読む力であったり、他人を思いやる力に原因があるということでしょう。
学校も、親族も責任はないと考えます。
これは、立派な大人同士のコミュニティの中で発生した事件ですから。
女性のご冥福をお祈り申し上げます。
同時に、これから社会に出ていく方々へのコミュニティの作り方に一抹の不安を感じます。
酒は飲んでも飲まれるな
よく言ったもので、至極これに尽きることです。
飲まれたら、自制心は働かないということを自身にも、改めて言い聞かせる今日この頃です。
また、
お酒は男の教養だと教わりましたが、強要を拒むのも自ら備える教養であると感じます。
皆さんも気をつけましょう。
お酒の場での失敗は、人間多かれ少なかれあると思います。
しかし、人の死に関する失敗は、失敗では済まされません。
何事にも、限度というものがありますよ。限度が。