今さらかもしれないが、
ひとりの政治家が語った考えを、自らが総理になった途端に翻すことはアリなのだろうか?
もちろん野田総理の靖国参拝問題のことである。
野田氏は、2005年小泉内閣時代に質問趣意書を提出している。
質問趣意書を意訳するとこういうことだ。
政府がA級戦犯を戦争犯罪人とみているから中韓にイチャモンをつけられるんだ。
彼らの名誉は回復されており犯罪人ではないので、A級戦犯が合祀されている靖国に首相が参拝することは何ら問題がないと思うが、政府はどう考えるか。
小泉元総理は当時A級戦犯を戦争犯罪人と位置づけておりそこをついた質問だった。
つまり野田氏は靖国参拝に関して何ら障害はないはずだと当時の政府を追及しているのである。
このやりとりを見る限り、野田氏は靖国参拝積極推進派と見えるではないか。
そう見えるよね。
さらに野田氏は先月8月15日にもこの点について自分の考えは変わらないと答えている。
しかし総理大臣になったとたん、野田内閣全閣僚の靖国参拝はしないと表明した。
よく考えたら(よく考えなくても)これは詐欺だ。
日本では総理になったら、それまで語ってきた言葉はオールリセットなのか?
本来、政治家は自らの政治哲学や信念、考えを実現するために総理を目指すのではないのか?
有権者は政治家が語る言葉から、その政治家の信念や考え方を読み取り、票を入れるべきかどうか判断する。
応援してきた政治家が、苦労のすえ総理になった。
そしたら全く違うことを言い出した。
これでは政治家が語る言葉に何の意味もなくなる。
野田は
「政府の立場は、自分自身の考えとは別だ。」
みたいなことを語ったようだ。
しかし政府というものに人格はない。
政府のトップは内閣総理大臣。
総理の考えが色濃く反映されるのが普通じゃないのか?
ところでもし野田が愚直に靖国参拝推進の立場を取っていれば、
中韓はもちろん、民主党内のサヨクたちがいっせいに反発するだろう。
それはいい。
問題は自民党が、そこに賛意を表明するのではなく、
「中韓の反発を招いてまでも靖国参拝をする意味は何か?」
などと言ってくるおそれがあることだ。
保守が保守としてまとまらず分断されている。
そこに今の日本のおかれた深刻な病巣があると思う。