これブログに書きたいなぁーと思って書き始めるけれど、なんかしっくりこなくて「下書き保存」ということが何度か続いています。



こんな時に思い出しているのが、

ミヒャエルエンデ『モモ』の中の、



    

言葉が熟すのを待つ



という言葉。



時間の国でモモがマイスター・ホラに質問する場面。


ここのシーンが好き。


「でも星が話してくれたことを、友だちに話してあげるのはかまわないんでしょう?」

「それはいいよ。だができないだろうね。」

「どうして?」

「それを話すためには、まずおまえの中でことばが熟さなくてはいけないからだ。」

「でも話したいの。なにもかも!あそこで聞いた声を、うたって聞かせられるといいな。そうしたらなにもかもまたよくなると思うわ。」

「ほんとうにそうしたいのなら、待つこともできなくてはいけないね。」

「待つなんて、わけのないことよ。」

「いいかね。地球が太陽をひとめぐりするあいだ、土の中で眠って芽をだす日を待っている種のように、待つことだ。ことばがおまえの中で熟しきるまでには、それくらい長い時が必要なのだよ。それだけ待てるかね!」

「はい。」とモモは、ささやくようにこたえました。

『モモ』ミヒャエル・エンデ作
初版1976年


いや、別に大したことを書こうとしてるわけではないのです(笑)


それでも体験や知識が自分の言葉になるまで時間がかかる時がありますね。


先日インドの覚者(覚醒した人)と呼ばれる方とお会いする機会があったのですが、その方が「体験から出た言葉は力がある」というようなことを仰っててその通りだなと思いました。


勢いでサクッと書ける時

なんとなくまとまらない時


どちらもありますね。


自分に正直に

体験したことを言葉にできたら嬉しい。



言葉という実の収穫待ちです。



 

らくしゅみ

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