五月のミル 1990.7.16 ガスホール | ギンレイの映画とか

ギンレイの映画とか

 ギンレイ以外も

 ミルは心やさしい田舎のおじさんだけど、しゃれている。世の中のいろんなこと、いろいろと経験してきているといった感じ。ミルはミシェル・ピッコリがやっているから、ピッタリはまっている。

 

 人生はその顔に出るものだから、良い仕事をしている人の顔は美しい。ルイ・マルがそうだ。とてもフランス人っていう顔だし、パリだけでなく、田舎でもよく似合う。フランス映画って、てんでばらばらで不揃いで秩序立っていなくていい。それぞれが勝手気ままに作っているのに、みんなフランス的になっている。バカンスのために仕事をしてます、って感じ、それが生きること全てに通じている。素敵な生き方だ。

 

 パリのしゃれた都市も良く、また田舎ののんびりとしたたたずまいも、落ち着きがあって良いものだ。そんなこんなの全てが、映画からの見聞に過ぎないのだけれど、その雰囲気に好感を覚える。

 

 ただし見せかけはやさしい映画だけれど、中身はちょっとシニカルで、通俗的で愛らしい。シニカルとは、60年代のこのレボルーション騒ぎを見る目のことだ。共感を覚えつつ、批判をこめて見ているルイ・マルの目だ。資産争いは現実的過ぎるし、この宝石、あの皿と分けていくのは見ていて何やら寂しいものがある。しかも死者の前でだ。

 

 そんな彼らが、革命騒ぎの暴徒に襲われるのを避けるために家を離れ、山に逃げる。それがなんかピクニック気分であり、彼らが真剣であればあるほど、おかしく見えてくる。軽い山登りのつもりが、嵐に遭って遭難してしまう。家族たちが右往左往する様子を冷静にシニカルに描いている。

 

 大人であるミルが子どもの頃から慣れ親しんだ家を離れることを拒む様子や、川に潜ってざりがにを獲るところ、それを皆なで食べるところ、死者を寝かしてある様子、これは皆いとおしくも、悲しい人生というものなのです。

 

 ジャン・ルノワールの「ピクニック」に通じる皮肉な人生模様、あれもこれもフランス映画だ。

 

監督 ルイ・マル

出演 ミシェル・ピッコリ ミュウ・ミュウ ミシェル・デュショソワ ドミニク・ブラン ハリエット・ウォルター ブルーノ・ガレット フランソワ・ベルレアン マルティーヌ・ゴーティエ ポーレット・デュボー ロゼン・ル・タレク ルノー・ダネール ジャンヌ・エリー・ルクレール エティエンヌ・ドラベール ヴァレリー・ルメルシェ ユベール・サン・マカリー

1989年