田中絹代の一人舞台。
何がいいって、客を迎える時のはしゃぐ仕草のすごいこと。手をひらひらさせて、浮き足立った姿は、これは見ものでした。彼女があまりにもすごいので、他の名優たちもここでは単なる添えものとしか見えないくらいだった。
夜の女たちは、なりたくてなったのではない。仕方なくなってしまったのだ。這い上がろうにも這い上がれず、せめてもの気休めは、話のわかるお母さんだけだ。
浮き上がろうとするのは何も女たちだけではない。女将の色男である医者もそうだ。彼はしかし決してこずるい考えからそうなったのではないらしい。むしろ女将に引っ張られているといった感じだ。彼は開業医になるのが夢だ。だが道を誤ったのか、この医者は女将の娘との仲良くなってしまう。
一方は商売を蔑み嫌い憎む女将の一人娘、かたや女将にうまく取り入って結婚まで考えていた医師。この二人が女将の思いを知り、そのどちらの関係も断ち切ろうとした。母、娘のどちらかを選ぶ立場から、捨てられる立場になってしまう医師。
彼は結局二人とも失う。悪意はないだけに気の毒に見える。彼は自分勝手すぎた、というか自分に正直すぎた。女将さんに好意を持ち、開業医になろうとしたことも、娘と一緒に東京に行こうとしたことも、彼は本当にそうしようと思ってのことなのだ。見ていて、うまくいきすぎるので、ちょっとはらはらしてしまった。でもうまくいくものじゃない。可愛さ余っての反撃にあう。
世の中そうはうまくいかないものだ。ここに男の身勝手を見る。全て世の中は男の勝手で動いている。
母の凄まじい恋やつれにも、娘の思い入れにも、女の強さを見たし、男の勝手にはさせておかないという、頼もしさもあった。
ことごとく女は強くなくちゃならない。男の甘言につられてはいけない。世の中を男のものにしてはならない。執拗な溝口の語り口。
果たして彼女は癌で死んだ妹の願いを聞いて、聞き入れただろうか。否定してほしい。しかし、そうすると彼女の父親は、彼女はどうなる。政治が悪いのでしょうか、結局。男どもの政治が。
監督 溝口健二
出演 田中絹代 久我美子 進藤英太郎 大谷友右衞門 田中春男 十朱久雄 浪花千栄子
1954年