皆様、こんにちは。
最近、認知症関連のニュースをよく耳にします。
超高齢社会に突入した我が国では止むを得ないのかもしれませんが、やはり大いに気になるところです。
昨日報道された認知症関連のニュースの要約です。
「認知症女性:7年不明 家族に生活費1000万円超請求か」
東京都台東区の認知症の女性(67)が2007年に群馬県館林市内で保護され、今月12日まで身元不明のまま民間介護施設に入所していた問題で、女性の7年間の生活費が、市から家族に請求される可能性のあることが分かった。7年間の生活費総額は1000万円を超えるとみられ、市は国や県と協議し慎重に対処するとしている。
館林市や介護施設によると、07年10月に女性が保護されてから数週間は、一時的な保護措置として市が費用を全額負担した。その後、施設を居住先として仮の名前で市が住民票を作成、生活保護費を支給した。収入や資産、年金給付、親族による援助はいずれもないとみなした。
女性は保護当時は「要介護3」で、約4年前から寝たきりになり、現在は最も重い「要介護5」と認定されている。しかし介護保険は適用されず、介護費用の全額が生活保護の介護扶助として施設側に支払われてきた。
関係者によると、女性の生活にかかる費用は保護当初より増え、現在は月額30万円近くとみられる。7年間では総額1000万円以上に上る見通しという。
館林市の担当者は「本人や家族に資産があることが判明した場合、市が立て替えた費用の返還をお願いするのが原則」と説明する。一方で「前例がなく、我々の対応が今後のモデルになり得る。県や国の指導を仰ぎ、どのように対処すべきか慎重に判断したい」と話している。
このニュースを読んで、皆様はどのように考えますか?
家族が全額支払うのは当たり前だと思いますか。
それとも、家族が全額を支払うのは不条理だと思いますか。
私はこのように考えます。
金額や支払方法はともかく、認知症の家族(保護者)がかかった費用をできる限り負担するべきだと。
このような意見を述べると、薄情者だとお叱りを受けるかもしれませんね。
でも、よく考えてください。
仮に、全額を市(県、国)が負担するということは、私たちの税金または借金がそれに充てられるわけです。
現在、我が国の借金は1,000兆円を超えています。
国民一人当たりの借金額は、ナント800万円超
しかも国家予算が年間約96兆円なのに対し、社会保障費は一年間に約110兆円もかかっています。
110兆円のうち保険料で約60兆円賄っていますが、残りの約50兆円は私たちの税金または借金で払っているのです。
今後も高齢化が急速に進む我が国では、ますます社会保障費は膨らんでいくでしょう。
残念ながら認知症の患者数も飛躍的に増える
と予想されています。
そのような中、認知症患者の生活費まで面倒をみることができるでしょうか。
そして経済的な視点だけではなく、私は個人の尊厳の面からも家族が負担すべきだと思います。
認知症患者は、病状の進行具合にもよりますが、本人だけでは適切な判断ができない状態です。
ここが他の疾病と大きく異なる点です。
癌や糖尿病といった「身体の病」の場合、どのようなライフスタイルを送るかを患者本人の意思で決定できます。
しかし、「脳の病」である認知症では、それが叶わないのです。
ご高齢の認知症患者の生活の面倒まで市(県、国)がみるようになるとすれば、私が危惧するのは、認知症患者が失踪しても放置する家族が出てくることです。
現在、年間約1万人もの認知症の行方不明者が存在します。
必死の思いで捜索されているご家族がほとんどだと思いますが、もしかしたら最初から諦めている方もいるかもしれません。
認知症の方の面倒をみることは想像以上の苦労が伴います。
その苦労に耐えかねて・・・、決して考えられなくはないでしょう。
認知症の行方不明者が今後増えることになれば、その方々のための施設ができることでしょう。
税金や借金で運営する以上、物申せない人間には最低限の生活環境しか与えられない可能性が高いでしょう。
もしかしたらそこは「現代の姥捨て山」にならないとも限らないのです。
そうならないためにも、「自己責任」と「脳の健康」は日々意識したいものですね
P.S.
姥捨て山のお話しの結末は、ご高齢者の知恵が社会を救ったり、捨てられるような状況でも子を想う親心に心打たれ改心するものです。
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