死んでから作家となった書き手がつづる、とんでもなくもおかしい、かなしくも心いやされる物語。カバにさらわれ、始原の世紀へとさかのぼった書き手がそこで見たものは…。ありふれた「不倫話」のなかに、読者をたぶらかすさまざまな仕掛けが施される。南米文学の秘められた大傑作。
内容 「BOOK」データベースより
マシャード・ジ・アシスはブラジル文学の頂点に座す作家だ。と訳者は言う。作品の完成度に比べて世界的な知名度が低い原因は言語だと言う、本書はポルトガル語で書かれているため海外作品の主力言語である英語やフランス語に比べて後塵を拝する事になっているのだとか・・・ブラジル文学とはまた興味深いなと手に取った、以前イタリア文学ディーノ・ブッツァーティ「神を見た犬」を光文社新訳古典で読み面白いと感じた経験があるだけにブラジル文学いかなるものぞと読んでみた。解説にあるのだがマシャード・ジ・アシス自体がブラジル文学界でも異端的(特殊な)存在であるので本作=ブラジル文学という訳ではなさそうであるが、ブラジル文学を語る上で必須の作品だとの事から一読の価値はありそうだ。なんといっても型破りな作品であるだけに面白さは抜群である。題名にあるとおり主人公ブラス・クーバスが死後自身の生涯を回想する物語なのであるが、一般的な時系列で物語が進行するとは思ってはいけません、何より必要なのだろうか?と疑問に思ってしまうような余談や脇道が散見するだけでなく、本来読者が期待するような山あり谷ありの人生の節目のようなものをガンガンすっとばしていったりするのです。あとがきにあった良い表現で本作を紹介すると“結局は偉業を成し遂げ得なかったごく平凡な男の、何の変哲もない不倫物語”です。なんとも酷い表現になってしまいますが、本書はまさにこれ!物語を小説に期待する人にとっては退屈極まりない物語であるのに、何故本書が最高傑作と言われるのか?その部分こそが大事です。マシャード・ジ・アシスは確信犯的に物語を作っています、“本書はある人にとっては小説だが、ある人には非小説”と言ってのけています、あくまで作家が死後に回想しているのではなく、死者が作家となり回想しているのであると、だからこそ生きている人間の論理思考では構成されていませんよ~的論調なのです、でもってその計算が完璧に出来上がっているから素晴らしい作品だと感じる事になる。作品は全体的にペシミズムに満ちた雰囲気で描かれていますが、彼自身がペシミズムを持っているかは不明です、むしろ人間誰しもが抱えている冷笑的な部分を確信犯的に弄んでいる印象を受けます。この本を読んだ人間がどう感想を抱きどういった作品を期待しているのか、そんな事はお見通しなんですよと、その上で見事に期待を裏切ってろう、それ以前にそんな事すら考えてもいませんでしたと言わんばかりの作品である、だけども不思議と読者には憎い気持ちが生まれないのが不思議でならない、これはまるで生者と死者が会話できないのと同じで、読者と作者が全く通じ合っていないかのような錯覚に陥ってしまうに近い・・・だけども、そんな感覚を意図的に作り出しているとすれば・・・恐ろしい事である。面白い事に本書に類する書物を紹介しようにも該当する作品に出会っていない、そんな特殊な物語。
光文社 (2012-05-10)
売り上げランキング: 152,250
