トム・ソーヤーは悪さと遊びの天才だ。退屈な教会の説教をクワガタ一匹で忍び笑いの場に変えたり、家出して親友のハックたちと海賊になってみたり。だがある時、偶然に殺人現場を目撃してしまい…。小さな英雄たちの冒険を瑞々しく描いたアメリカ文学の金字塔。
内容 「BOOK」データベースより
ハックルベリー・フィンが「トム・ソーヤーの冒険」の登場人物だとは知らなかった・・・ハックルベリーの名は歌詞等でも耳にした事がある、amazarashiの「アノミー」ではホームレスを歪曲的に表現する形で孤児ハックルベリーを使用する一節がある、“ハックルベリーに会いに行く”と歌詞にあるTHE BLUE HEARTSの「1000(1001)のバイオリン」はトム・ソーヤーの冒険をそのまま歌にしたと言っても良いぐらいである。音声的な響きも良いのか、トム・ソーヤーよりも目だっているハックルベリー・フィン。小説でも「ハックルベリー・フィンの冒険」が「トム・ソーヤーの冒険」よりも社会的な評価は高いのだそうです。でもこれは「トム・ソーヤーの冒険」が劣っているのではなく児童書扱いされているトムと社会風刺扱いされているハックの物語の色調が影響しているとの事ですから・・・今度是非ハックの冒険を読み、比べてみたい。さて、「トム・ソーヤーの冒険」を読んで・・・冒険と聞くと壮大な舞台を英雄譚で駆け巡るイメージを持っていたのですが、本書の舞台はトムの住む町(村)レベルの規模で発生するトムと悪友達の悪巧みの物語である。規模は小さいし出来事も同世代の少年が悪戯をしている程度の事が続く、最後にはあっと驚いてしまう展開も待ち受けているのですが、まさに悪餓鬼の物語。トムはずる賢くて計算高い、そして目的の為には他人すら手段として平然と使う姑息な性格だ、その上傲慢でロマンチストでナルシスト!文字に書いて表現するとトムはなんて糞餓鬼なんだと思ってしまう。だけどこれだけは断言できるが、トムの所業を目にして不思議と不快感を感じる人は少ないだろう。なぜならば、彼は神の存在を信じているし、世間一般の常識や道徳といったものを人一倍知っている、そして自らの行為の善悪を常に推し量り他人や周囲の反響や結果を常に想定・意識した悪戯を披露するのである、しかもその原動力が目立ちたいという同世代少年誰しもが持っている功名心であったとすれば?誰もが好きになる悪戯小僧、それがトム。舞台が狭いと書きましたが、それを補って余りあるのが少年達の空想力や発想力である、時に海賊になりインディアンの酋長となり野原や川を駆け巡る彼らの遊びは世界をまたに駆ける冒険そのもの。トムが世慣れた性格ならば、友人のハックは浮世はなれした性格である、“宿無しハック”の異名を持ち浮浪孤児のハックは自由を体現したような生き方と思考を持っている、ハックの生き方や価値観は素敵だけども実践するには社会的な人間には困難なように思える、だからこそハックに人気が出るのだとも言えるのだろうが、この辺りのニュアンスは是非読者に味わってもらいたい素敵な感覚と言えます。最後に、トムとハックも素敵ですが、トムに信賞必罰を与えるポリーおばさんの存在がとても素敵です。騙されているとはいえトムの偉業に涙を流し讃えるおばさん、文字通り尻叩きで悪戯の制裁を下すおばさん、あらゆる場面で物語を美しく締めくくるのはポリーおばさんだったかもしれません。振り回されるポリーおばさんと一緒に読者もトムの活躍を見守っていきたい、そんな少年の冒険物語。
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