『死神の精度』 伊坂 幸太郎 | ほんとなかよし

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だったらいいな・・・

CDショップに入りびたり、苗字が町や市の名前であり、受け答えが微妙にずれていて、素手で他人に触ろうとしな―そんな人物が身近に現れたら、死神かもしれません。一週間の調査ののち、対象者の死に可否の判断をくだし、翌八日目に死は実行される。クールでどこか奇妙な死神・千葉が出会う六つの人生。


内容 「BOOK」データベースより


死神の設定が面白い!死神といえば私の世代はデスノートが思い浮かぶのではないだろうか・・・「死神の精度」に登場する主要な死神も異世界の住人で人間とは異なる感性・資質を備えている存在となっているのだが、人間に置き変えて表現してみると職業的死神に分類される。クールと表現されているが、人間の死を文字通り仕事として処理していく姿は無気力・無関心さがありあと感じられるだけでなく、仕事に対して思いいれや意義をもって取り組むタイプの人間にとっては腹立たしい程に平凡極まりない仕事ぶりに憤りを感じてしまう程だと思います。

人間は生や死を尊重している存在であり、このような冒涜的でもなく無味乾燥な扱いで処理されるかと思うとやるせない気持ちになってしまう・・・しかして、この死神の設定は確信犯的なものだと私は思います。

もちろん死神といった人間の範疇を超えた存在を表現する上で人とまったく異なる感性や感覚をそなえている設定にする事は当然の事ではありますが、実際考えてみると人間の生や死は決して人間の都合通りには出来てはいません。人間が思い通りに出来ない事を自然と言うならば、この死神は自然そのものを表現していると言っても過言ではないと思います。また人間は意味や意義を見出す事に長けた存在であるので、間逆の存在を登場させる事で死神に選定された人間が一際輝いて映ってとても魅力的に見えてしまうのです。実際作中に登場する死神に選定される人物の織り成す物語は、案外ありそうでないようなどこかで聞いた物語が多いのですが、そこに死神が介在する事で一段と光り輝いた物語として完成しています。この人生のスパイス的な死神の使い方は非常に素晴らしい。「どうせ死ぬんだから」哲学というものがあります、この考えを起点とし物事を考えると全ての事が虚しくなり人生が無意味になってしまうという考え方です。死神を前にして人間はこの考えになるのでしょうか?実際人は死の存在を横に置いて生きている存在だと思います。そして時々死を思い出して一生懸命生きようと思う・・・そのちょっと思い出すために死神が登場してくれる。そんな印象を僕は「死神の精度」から受けました。

物語の最後に、死神の設定条件が少し崩れて死神にある変化が訪れます・・・この変化を受けた死神が今後どのように変わっていくのか、それとも人間と違って変わらないのかもしれませんが、この終わり方は反則ですねぇ。作中のような死神が存在するならば、貴方はどんな職業観をもった死神に命を奪われたいでしょうか???