1950年7月1日、「国宝・金閣寺焼失。放火犯人は寺の青年僧」という衝撃のニュースが世人の耳目を驚かせた。この事件の陰に潜められた若い学僧の悩み―ハンディを背負った宿命の子の、生への消しがたい呪いと、それゆえに金閣の美の魔力に魂を奪われ、ついには幻想と心中するにいたった悲劇…。31歳の鬼才三島が全青春の決算として告白体の名文に綴った不朽の金字塔。
内容「BOOK」データベースより
「人に理解されぬということが唯一の矜り」と自らを表現する主人公は金閣寺の美に魅了され翻弄され最後には金閣寺を焼く行為に至る。金閣寺焼失は史実に基くもだが、事件そのものを描くより犯人である主人公の心理的変遷を見事に描ききっている。吃音という障害を持つ主人公が自己と世間に軋轢を感じる姿は個人の存在意義を究極までに問い詰める。この主人公の姿勢は「ライ麦畑でつかまえて」のコールフィールドや川上未映子「ヘヴン」の主人公に近い!最後に自らの思想を貫く為に実行する(ライ麦では隠遁生活、ヘヴンでは眼科治療)姿もどことなく相通じるものを感じる。三島 由紀夫氏と言えば軍事クーデター実行のイメージが先行し、金閣寺の実行を反映させて見てしまうのだが、その行動に至るまでの葛藤や苦悩は必見と言える、作者が主人公の友人に語らせている「この世界を豹変させるのは認識だ」とする認識論的なアプローチは考えさせられるものがある・・・僕は三島氏の作品は「潮騒」のみ経験済みだが、潮騒はとても美しい作品だったと記憶している。同時に「潮騒」「金閣寺」通じて感じた事は、米兵や米軍の登場に関して悪いイメージしか受けない点とそれでいて日本の終戦期の危うさや混乱も描かれているため、戦争を経験した作者ならではの戦争観が垣間見れる点も三島作品の魅力の一つともいえる。社会と個人を描く作品は時として危険と言われる、先のライ麦は社会的影響力が強い作品として注目を浴びた事がある(ジョンレノン射殺犯や大統領暗殺未遂犯が傾倒した作品として・・・)金閣寺に関しても危うさを抱えつつも度重なる救済場面が読者の足止めを行なう点も評価したい。僕はライ麦自体もそういったブレーキ要因があると思うのだが、ブレーキが掛からなかった一部の人間のせいで危険な面を備えていると評価されるのが残念でならないのだが・・・さて最後に、金閣寺は、究極の美の一冊。