とある友人のSNSへの投稿で

 

「親孝行」について考えてしまいました、、、

 

"病院へ会話は無いが父降ろし・・・云々"と

 

週三回行かれるときに病院に送っている記事をあげていた。

 

50過ぎて父親といれることが当たり前ではない、とも言っていた。

 

ほんとうにそうだなぁ~とつくづく実感。

 

わたしは母を37歳、父を46歳で亡くしているし、

 

夫は母を3歳、父を47歳で亡くしている。

 

それを考えると50を過ぎて親といられることは

 

ほんとうに"当たり前ではない!"のだ。

 

夫曰く、(たぶんw本音は親孝行する気がいまもないと思うけど^^;)

 

自分の父はもういないから親孝行は出来ないな、と。

 

そこで突然"親孝行ってなによ???"って強く思ってしまいました。

 

わたしだったら、どうだろう?

 

わたしだったら、

 

子どもたちが何をしてくれることがうれしい??

 

って考えてみた。

 

えっでも、何かをしてくれたから嬉しいなんて、

 

"あまりに小さすぎるっ!!!"って思ってしまいました。

 

子どもたちが健康でいてくれること!

 

これが一番うれしいことかな?

 

わたしがほんとうに彼らに望むことは???

 

"わたしが妊娠期間を経て一生懸命に産んだ身体を大切にして

 

自分自身の存在をしっかりと受容して、

 

自分自身がほんとうに満足する人生を送ってほしい!

 

目を輝やかして

 

(有名になるとか周りが評価してくれることとかではなく)

 

生きることをとことん楽しんでほしい!"

 

これに限るな!と思いました。

 

だとしたら、親がたとえ早くに亡くなっていたとしても

 

親孝行はいまでも出来る!ではないですか!!!

 

では、じぶんがほんとうの意味で満足できることとは、、、

 

他の誰もが評価してくれなくても、

 

ましてや”なにそれ~??”と思われても

 

自分がやりたい!やろう!と思うことを堂々とする

 

(人に負担をかけることなく)ということではないかな。

 

これって、小さいころから評価と競争の中で生きてきた

 

私たちにはなかなか難しいところ。

 

それはそれは長~い間、

 

人からどう思われるかばっかり気にして

 

生きてきたんですから~!!!

 

人に迷惑をかけないようにと言われて育ち、

 

自分の時間を”人にどう思われるか?”ということだけに

 

費やしてきたのですから、自分が満足する生き方なんて

 

解からなくなっている人がたくさんいるのではないでしょうか?

 

話が逸れてきたかもしれませんが、わたしが言いたいのは

 

親孝行って、親に何かすることだけじゃないと思うんですよ。

 

親から受け継いだ自分自身を大切に、

 

自分に正直に満足して生きる!

 

でも、わたしが思っている親孝行ではなく

 

親孝行とは、親の思い通り生きることだ!と、

 

思う親だっているかもしれないですが、ね。

 

まぁそれは人それぞれ考え方は違う、と言うことで、、、

 

今回はここまで~!(^^)!

 

  ぶほでした~(^o^)/

 

 

 

 

 

怒ったり、

イライラしたり

 

するのは、

 

なんと!!!

 

相手に期待しているからー!

なんでやってくれてないの?

 

なんでわかってくれないの?

 

当然でしょ⁈

 

これってだいたいが甘えてる。

 

これってだいたいが依存している。

 

要するに、子どもだってこと。

 

解決するには、

 

相手に期待しない。

 

相手に期待している自分に気づく。

 

相手に期待するってことは、

 

相手に自分の都合のいいように動いて!

 

と言っているってこと。

 

それで、相手がそうしてくれなかったときは

 

駄々をこねる子どもになってしまうのだ(^-^;

 

はたから見るとかっこ悪い。

 

みんな自分と同じ考えではないのだよ、、、

 

みんな違うのだよ、、、

 

十人十色なのだよ。

 

それを学校とかで

 

みんな一緒!みんな一緒!みんな一緒!

 

って、教え込まれているから

 

人と違う自分を否定してうわべだけの付き合いになったり

 

自分と違う人を非難して敵を作ったり

 

みんな一緒という考え方が、

 

結果的に自分の首を絞めることになる。

 

みんな違ってみんないい!!!

 

これ大切。

 

そして、人には期待しない!

 

これ基本。

 

 

それでね、どうして

 

「人に期待しない」

 

って書いているかというと

 

昨日娘が麵を茹でて、その後また茹でるかもと思ったらしく

 

そのままゆで汁を鍋に残しておいたのです。

 

が、けっか後から食べた人は麺は茹でなかったので

 

ゆで汁が残っていることに朝気が付いて

 

(シャトルシェフに麵から出た塩分で錆が出ることもある)

 

ゆで汁残っているよって一言言ってね、

 

と言ったのですが、

 

4歳児と夕方バタつきながら夕飯を食べていたから

 

そんなこと忘れていた!というわけです。

 

わたしはサビが出ることを一番に心配していたので

 

次からは、ひと言残っていることを伝えてくれたらいい、

 

と言ったのですが、彼女はだったら捨ててしまうとかいうわけです。

 

一言言うようにする、とわたしは言ってほしいと

 

"期待"していたのですね。

 

当然その流れでは話は決裂しまして、

 

一部始終見ていた夫に、後で、一言言って欲しかったのよ!!!

 

といったら、それは"期待"ではないかと言われました。

 

100%彼女が悪いと思っていたところに

 

金棒で頭をたたかれた感じ。

 

しかし、そうかもしれないな~と。

 

自分の世界創っているのはじぶんなのよね~^^;

 

やっぱりわたしか~

 

みなさま、

 

"人に期待しない"

 

と、

 

争いのない世界が創れそうです~(^o^)/

 

  ぶほでした~(^o^)♪

先のブログでも書きましたが、

いつもお米を買わせていただいていた

知り合いのおばあちゃんのところで

"お米が無い"と言われたときは

ついに、私の現実にも入ってきた~とびっくりしましたが、

"私はその現実は選ばない!"と決めたとたん

すぐ道の駅で2㎏のお米を3袋ゲット。

その後も、5㎏で4000円しないお米がちゃんとある。

確かに前より値段は上がったけれど

全く手に入らなくなることはなく(夏だからついつい冷たい麺類食べちゃうけど)
前と変わらない米(食)生活をしています。
(友人が稲の苗が余ったからくれるというので

即席で小さな小さな田んぼまで作ってしまいました~!

食べるためというより、来年の種取目的ですね)
 

それから、今年は6月から暑くなってきちゃって

うわ~、勘弁してよ~って思ったけど、

もう無理~って思うと、何故か?暑さがマシになるの。

7月に入ってからまた暑くなってきて、

また、もう無理~って、思ったら

いきなり涼しくなってきて、

もう、きょとんとするしかない感じ。

それの繰り返し。

 

理解しがたいけど、ありがたいことです。

 

あの暑さは頭が痛くなる暑さで、

エアコンの部屋に居たって辛いのです。

 

それで、わたしは何が言いたいかというと

 

そんな現実を過ごしていると

 

もしかしてやっぱりアシュタールが言ってる

"現実を創っているのはじぶんなのかしら?!"

って思っちゃう。

 

もう勝手に、

 

今年の秋は早いぞ~って、豪語しています!

 

きょうもお盆とは思えないほど涼しい風がそよそよ入ってきますね。

「どんな世界をじぶんに体験させたいか⁈」

 

此のごろわたしもや~っと、

 

そんな風に考えられるようになってきたかな?!

 

よーし、この調子でどんどん楽しい現実創るどー!!!

 

みなさまも、良い一日をお過ごしください~

 

ぶほでした(^o^)/