アルプス席の母 早見和真 | なほの読書記録

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【あらすじ】


主人公の秋山菜々子は、高校球児の母親(シングルマザー)である。


ひとり息子の航太郎は、神奈川県のリトルシニアリーグ(西湘シニア)でエースとして活躍し、和歌山県知事杯で全国優勝を成し遂げる。


高校野球強豪校のスカウトたちから声を掛けられるが、一番行きたかった全国屈指の名門校である大阪の山藤学園からは声が掛からなかった。


最終的に航太郎は甲子園出場経験のない大阪の新興私立高校へ進学した。


希望学園高校をあえて選んだ理由は、特別特待生として学費も寮費を全額免除してくれるという待遇だったため、父が亡くなり母がひとりで働いて航太郎を養い育ててきたという秋山家の経済的な状況を慮ってのこと。


互いに気遣い合い、互いを思いやる母親と息子。


菜々子は、新興の高校で寮生活となった航太郎のために自分も横浜から大阪府羽曳野市に移住し、学校近くのアパートを借りて看護師として働きはじめる。


同時に、希望学園高校野球部父母会のいびつな慣習や伝統に振り回されていく。

父母会(サル山)のボスが作ったルールを取り巻きたちが必死に守って主流派をつくり、ルールに従わない親を爪弾きにするペアレント・カースト。


さらには上級生の保護者から明かされる監督への裏金問題。

監督に子供を人質に取られ、監督に毎年上納金として1家庭8万円 、合計400万を「寄付として運営費に使ってください」と渡す父母会。


野球部父母会コミュニティにおける母親たちの葛藤と悲喜交々。


菜々子は、「航太郎の夢を叶えてやりたいという気持ちにウソはない。航太郎の喜ぶ顔を見たいという思いも本物だが、それと同じくらい、ひょっとしたらそれ以上に、自分が喜びたいという欲求がある気がする」(P300)と記されているように、自分の夢を息子に託してしまっている菜々子。


肘の故障と手術などに苦しみ、はじめての寮生活で大きく変わっていく航太郎の姿に戸惑い、案じながらも成長していく息子を見守る菜々子。


航太郎の成長(親離れ)とともに菜々子も自分自身の生きる道を模索しながら、次第に子離れをしていく。


そして終盤にドラマチックな展開が待っている。


高校球児を見守る立場である母親の、3年間にわたる「もう一つの甲子園」が描かれていました。


【印象に残った場面】


伝令としてグランドにいるピッチャーをはじめとする選手を笑顔にし、大いに盛り上げる航太郎。

航太郎が伝令で出てくると、選手は嬉しそうな表情に変わる。
内野手が集まり、安堵し微笑む。
そしてみんなが大笑いする。
明るくなった雰囲気は、外野手にも伝わる。
集まった選手たちに何かが宿ってチームは活気づき、その後ほとんど点を取られない。

焼き肉店 富久で出会った小学校高学年の男の子とその母親は、野球にはこういう貢献(チームを救う)の仕方もあることを知った。


【推し文:印象に残ったフレーズ】

(※一部ネタバレがあります)


菜々子の言葉

人が生きるということは、物語とは違うのだ。人生が閉じるわけじゃない以上、今この瞬間が終わりじゃない。


あの甲子園でさえやはりゴールではないのだ。残酷にも、無情にも、あるいは幸運にも… 。人生はこれからも続いていく。

そして人生がその後も続いていく以上は、やり残してはいけないのだ。ほんのわずかでも「まだやれる」という思いがあるのなら、自ら道を閉ざしてはいけない。悔いを残してはならない。P332


佐伯豪介 監督の言葉

「自分だけが限界を定めてしまうというのはよくある話です」P333


航太郎がプロ向きなところは、

「自分以外の誰かの思いを背負っているところ。背負うことで、パフォーマンスを向上させるところかな」P345


秋山航太郎の言葉

「もう誰にも無視されない4年間にしたいです」

「僕自身が、僕を無視しない時間が過ごせたらいいなって思っています。ちゃんと自分に期待したいっていうか。高校時代の僕は、勝手に自分はこんなもんだって決めつけて、勝手に諦めてしまっていたので。それを周囲の人たちがケツを叩いてくれて、それがあの甲子園につながったと思ってるので。今度は僕自身が、きちんと僕に期待したいなと思ってます」

高校野球という特殊な環境に身を置いて、いいことも、悪いことも、栄光も、挫折も山のように経験して、航太郎は自分自身の言葉をもった。

テレビでよく聞く、判で押したような「高校球児語」ではなく、自分の頭で考え、自分の言葉を口にしている。

「甲子園の2回戦、延長戦で、僕、伝令でマウンドに行ったんですけど、そのときなんとなくアルプススタンドを見上げたら、お母さんの姿があったんです。何万人もいるあのスタンドで、誰が誰かなんてわかるはずがないのに、お父さんの遺影を掲げたお母さんが大声で叫んでて。うわぁ、何か言っとるわ。こんな息子に何を期待しとんねんて思ったら、なんか無性に試合に出たいって思っちゃったんですよね。いいところ見せてやりたいなって。そしたら次の回からいきなり投げているし、京浜高校戦で完投とかしちゃっているし、今はこんなところで話しているし。そのすべてのきっかけは、お母さんの期待に応えたいっていう思いからだったと思います」

「あまりマザコンみたいなことは言いたくないんですけど。でも、本当のことなんで。だから、はい、感謝してます」

やっぱりこれは「あきらめなければ報われる」といった種類の話なのかもしれない。P347348

《「アルプス席の母」早見和真 著 小学館 刊より一部引用》