風に立つ 柚月裕子 | なほの読書記録

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I'm really glad to have met you.



ねじれていた親子関係が少しずつ解きほぐされ、親子の絆が深まっていく心温まるヒューマンストーリー。

読売新聞の夕刊に連載されていましたが、小出しでの文章を読んでストーリーをつかむのが苦手なので、書籍化されるのを待っていました。


【あらすじ】

問題を起こし家裁に送られてきた16歳の少年、春斗の補導委託を突然引き受けた父・孝雄。

南部鉄器の職人としては一目置いているが、仕事一筋で決してよい親とは言えなかった父の行動に反発する主人公の悟。

納得いかぬまま迎え入れることになった保護観察中の春斗と工房で共に働き、同じ屋根の下で暮らすうちに、悟の心は少しずつ変化していく。


【感想】

孝雄と悟、達也・緑と春斗、それぞれの親子間の愛情や葛藤など、揺れ動く心の機微と少しずつ打ち解けられていく過程が描かれていました。


親は自分が過去に経験した辛い思いと同じような苦労を我が子にはさせたくない、との考えから親の思いを子供に押し付けてしまうことは、愛情ではない。子供のたった一度の人生を壊してしまう。

子供のやりたいことや夢を応援し、味方になってあげることの大切さが伝わってきました。


登場人物はみないい人ばかりです。しかし、家族だからこそ、届かない思いと語られない過去があり、そうした思いや気持ちは言葉(形)にして伝えていかなければ決して相手には伝わりません。

スナック『マリー』のママの言葉のとおり、身近な人ほど近すぎて見えないこともあると思いました。


岩手県盛岡を舞台に、父、孝雄の過去を知る鍵となる宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の『グスコーブドリの伝説』。

後半の第七章、第八章は感動して🥹、思わず目頭が熱くなりました。


青く晴れ渡った空を見上げ、爽やかな風が吹いてきたラストが、とても清々しかったです。


​【印象に残ったフレーズ】


【父 小原孝雄(72歳)の言葉】

「何かあったら言うんだよ。思っていることを言葉にするのはとても大切なんだ。特に、不平や不満はね。言葉にして身体の外に出さないと、腹のなかでどんどん膨らんで、心も身体も具合が悪くなってしまう」


「私が思うに、ちゃんと、とは、人の道に背くようなことをせず、人に迷惑をかけず、何かに怒ったり、誰かを憎んだり、深い悲しみに暮れるときがあっても、自分の力で少しでも健やかに生きようとすること、だと思うのですが、お母さんはどう思われますか」



【南部鉄器製造会社 盛祥の会長 清水直之助の言葉】

「物事には風というものがありましてね。仕事、人生、時代にいろんな風が吹く。穏やかなそよ風もあれば、激しい暴風もある。ほかにも追い風、逆風などがありますが、人はそれらに翻弄されるんですがいい風に乗ったと思ったら、一転して嵐のような風に見舞われ転落したりする。それが世の理だから致し方ないのですが、それらに向かうために必要なものは何だか分かりますか」「強さです」「どんな風にも動じない、強さが必要なんです」


風は運不運という言葉に置き換えられるものだろう。真面目、努力、根性といった精神論が通じるものではない。人間が何をしても、どうにもならないものだ。そんな途方もないものに向かう強さをもつ。

「何事も始めるのは簡単だが、継続がとても難しい。様々な問題が立ちはだかりますからね。自分の迷い、価値観の違い、周囲との軋轢、金銭面。孝雄さんはそれらと闘い、今も清嘉を守り続けている。それを強さと呼ばず、何と言うのでしょう」

忍耐、負けん気、ゆるぎない信念を持つ強いもの。

「確かにそれらも必要でしょう。でも、私が思うのは少々違います」

「例えば怒り、例えば嘆き、例えば悔恨......それらをすべて受け止められたとき、人は強くなれるように思います」


【スナック「マリー』のママ(70代)の言葉】

「人なんてさ、どんなに話し合ったって、100%分かり合えることなんてないんだよ。もし、そう思ってる奴がいたら、私からすれば傲慢だよね。何が善で何が悪かを決められないような人も、こいつはこんな奴だ、なんて決めつけられない。いろんな価値観、感情、事情で生きているからね。だから、思ったことはできる限り言葉にしないといけない。気持ちなんて、それでやっと自分が言いたいことの数%が伝わる程度なんだから。しかも、それが近くにいる人だったらなおさらさ。近すぎて見えないこともあるからさ」


「本棚を見ると、その人がどんな人か分かるよ。読んできた本は、その人が生きてきた足跡みたいなもんだから。何に興味があって何を求めてきたのかきっと見えるよ」



【南部なかまっこパークの田所一平の言葉】

「人から見てどうってことない段差でも、馬にとっては大変なんだ。乗り越えるには、勇気がいる」

「最初の一歩さえ踏み出せれば、あのくらいの段差なら仔馬でも楽に乗り越えられる。でも、その一歩を踏み出す勇気が、なかなか出せない。ましてレイは生まれてはじめてのことだ。そりゃあ怖いだろう」


【盛岡家庭裁判所調査官の田中友広の言葉】

「幸せな人生って何だろうなって考えました。恵まれた人生と充実した人生って同じじゃないのかもな。でも、生きていくためには整った環境は必要だよな、とか」



【孝雄の親友の西沼耕太の奥さんの言葉】

「辛い思いをしたあなただからこそ、誰かのためにできるとがきっとある。私にも一緒に手伝わせて」


【主人公の小原悟(38歳)の言葉】

「親は応援者ではなく、子供の一番の味方であるべき」


人生はいいことばかりではない。その逆もある。何が幸いで、何が不幸と思うかは、人それぞれだ。他の人から見て辛い人生であっても、本人がそう悪くないと思えれば、それでいい。


一見、無意味に思えるようなことにこそ、大切なものがあるように感じる。

作業の奥にあるものは、胸に抱えてきた自責の念や、家族を大切に思う気持ちだ。その思いがこもっているから、孝雄が造るものは人の心をつかむのだ。

《「風に立つ」柚月裕子 著 中央公論新社 刊より一部引用》