夜明けのはざま 町田そのこ | なほの読書記録

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I'm really glad to have met you.



家族葬専門葬儀社の芥子実庵にまつわる人々を描いた連作短編集。


自分の仕事に誇りをもってやり甲斐を感じているのに、女性に対する偏見や蔑視などから、自分の仕事を理解されないどころか見下げられ、馬鹿にされてしまっている女性たちが各章の主人公としてストーリー展開されていました。

一章:見送る背中
仕事のやりがいと結婚の間で揺れ動く中、親友の自死の知らせを受けた「芥子実庵」の葬祭ディレクター、佐久間真奈31歳の話。

芥子実庵で葬祭ディレクターとして働く真奈は、親友である小説家で「閃光に焼かれた夏」の作者、江永なつめが本業だけでは生活できず風俗で働き、遺書を残して客と心中し、その葬儀が芥子実庵で行われることとなる。

葬祭の仕事に対する恋人の無理解、母親の同調、親友の自殺、旧態依然とした慣習、風潮、根強い偏見等、もう一人の親友・楓子と共にままならない状況下でもがき苦しんでいる。


【風俗店のマネージャー、久米島潤平の言葉】

「やりたいことやりゃいいんじゃねえの?って思いますねえ。好きにするといいすよ。ただ、なつめは、戦えって言ってたんじゃねえかな」


二章:私が愛したかった男

自分の満足する枠の中に相手(夫の野崎

速見)を押し込めようとし、どうしてできないのと責めてしまった牟田千和子の話。


芥子実庵に花を収めている花屋で働く牟田千和子はシングルマザーだが、元夫のパートナーの葬儀の手伝いをすることになった。


【牟田千和子の言葉】

大事な人を自分の中の「正解」に無理矢理当てはめてしまう。大事な人がどんなふうに生きたいか、何を幸せに感じるかなんて考えてなかった。それが離婚の理由。

一緒に生きていくために大切なのは「しあわせな瞬間」だけではなく、「相手のしあわせを考える時間」も大事。

失敗というのは、あっていいものだ。失敗したからこそ伝えられる言葉もある。


三章:芥子の実

貧しい家庭に生まれた男(須田)の話。


芥子実庵に入社して三か月の須田は、中学生の時にいじめをしてきた、この世で一番会いたくなかった同級生と再会したことをきっかけに、会社を辞めることになる。


​​【須田の言葉】

豊かに生きた人は、豊かに死ねる。

貧しく生きた人は、死すらも貧しい。

豊かな人は豊かに見送られ、貧しい人は寂しく送られる。


死はすべての生き物に平等だというけれど、しかし死が纏う衣には、確実に格差があるのだ。


四章:あなたのための椅子

夫との関係に悩んでいる中、元恋人の訃報を受け取った主婦・良子の話。


良子は出産の後痛みで性交できなくなった。親友で昔つきあっていた壱が死に、芥子実庵で荼毘に付されるという。


子供がいるのに男友達の葬儀に出ることに反対の夫、自分に対して理解を示そうとしない母。

弟(佐久間真奈の恋人)の協力により口裏を合わせて葬儀に出られることになった。


葬儀で元恋人の生きてきた今を知ることで、自分は彼のことを何も理解しようとせず親の言いなりになっていたことに気付く。


​​【良子の言葉】

運命っていうのは、命の長さ。

昔話でローソクに喩えられる。

火が消えるときが死。

ローソク早く溶けちゃう人や、風が吹いて火が消えちゃう人がいる。

みんな、それぞれの長さのローソクを抱いて生きている。

大事に丁寧に火を守って生きていても、ローソク自体が短い人もいる。

「誰でもそう。その人が正しいと思ってやっていることを、私は私の感覚だけで否定したくない。誰かの意見に左右されたくない。その人と向き合って、話を聞いて、理解する努力をしたい。誰かの常識や言い訳で逃げたりしない。頭から否定するんじゃなくて真奈さんときちんと話をしたほうがいいよ。彼女がどれだけ仕事に対して真摯か理解できるまで話をするんだよ」


【森原壱の兄、森原星の言葉】

「お互いが相手のための居場所を残しておく。自分の中に相手の椅子を置いておく。これからも壱ための椅子を残しておいてくれたらいい。彼がふらりとやってきて、「最近どう?」と言いながら腰かけられるような。そうすれば、この死は永久の別れじゃない」

「椅子さえあれば、きっといつか壱が座る。あなたが壱の椅子を置き続けていたら、きっと話ができる」


「『椅子』というのは、自分の中の相手と対話すること」

「僕たちが、壱とはこれから先、二度と会えない。壱との関係は、これ以上深度を増すことも、重なりを厚くすることもできない。だけど、これまでの関わりやつながり、思い出、そういうものは決してなくならない。僕たちの中に、壱のたくさんの部分は残っている。壱のことを思い返せば返すだけ、溢れてくるはずだ。僕たちはそういう付き合いを、彼としてきたはずだ。僕たちの中に、壱はちゃんといる」

「これまでのことや今日のことを君が忘れなければ、いつか壱が君の椅子に座るときがくる」


【佐久間真奈の言葉】

彼の希望や意思の次に私の意思がある。

彼の意思が第一優先で、第二が私。彼はそれを「結婚」や「出産」「育児」という言葉を用いて「当然」だという。ふたりの人生に優劣は無いはずなのに、男女という区別だけで結婚前から差が生じるのなら、躊躇って当然ではないか」


五章:一握の砂

恋人から仕事を辞めて結婚しようと言われた佐久間真奈の話


真奈は恋人の純也から「葬儀屋を辞めて結婚してほしい」とプロポーズされ、仕事を続けたいという自分の気持ちと、仕事を辞めて恋人と結婚しようという気持ちとのはざまで悩む。


また、あまりうまくいっていなかった姉や母との関係の見直し、そもそも自分の求める生き方は何かを見つめ直す。


【佐久間真奈の言葉】

完璧なパートナーなんて、存在しない。相手への不満を、相手からの不満を、どうすり合わせて小さくしていくか。どう理解し合っていくか。それが、結婚だ。


必死になったって意味がないこともある。言葉を重ねたって動かせない心がある。譲り合えないこともある。


「大事だと信じたいものをつかもうとすれば、何かが落ちていく」

「つかめなかったことを悔やまなくていい。つなげる方が、大切なんだ」

「必死に何かをつかもうとがんばってあがいたら、絶対に残るものってある。手に中が空っぽで、何にもなくって、自分じゃダメだったと悔やむこともあるけど、でも本当はちゃんと手に入れてるものがあって、それって自分でもつなげられるし、誰かがつなげてくれもする。きっと誰かがつかんで、しあわせにつなげてくれる」

《「夜明けのはざま」町田そのこ 著 ポプラ社より一部引用》