ミカエルの鼓動 柚月裕子 | なほの読書記録

なほの読書記録

I'm really glad to have met you.


今年私が読んだ本の中で、ベスト3に入る作品、いや、自分にとって心に残り、一番よかった作品でした。


「ドクターX」をよりリアルに、シリアスに描いた感じ?の医療小説でした。


4本の羽を広げた先端医療で活躍する手術支援ロボットのミカエルは「神・天使」か、それとも「悪魔」か?

一見、相反する考え方で反発し合う西條と真木。

しかし、生まれ育った環境や根底に流れる医師としての矜持は似通う二人。


読み始めるとページをめくる手が止まらず、途中の所々で東野圭吾さん、池井戸潤さんの小説を読んでいるかのような錯覚に一瞬陥りました。

以下、印象に残ったフレーズです。

航は言う。
「僕、ずっと誰かに謝りながら生きてきたんだ。家ではお父さんとお母さん。学校では、重いものが持てない僕に代わって机を運んでくれたり、給食の牛乳を運ぶ当番を代わってくれたりする友達。他にも、迷惑をかけてきたたくさんの人に謝り続けてきたんだ」
「僕はそれを、ずっと仕方がないと思ってきた。だって僕は、生まれつき心臓が壊れていたんだから」
「みんな、僕に優しい。嬉しいけれど、時々悲しくなるんだ。だって、みんなが僕に優しいのは、かわいそうって思っているからなんだから」

雨宮は言う。
「悲しくなる必要なんかないよ。普通って何?心臓が丈夫な人のこと?心臓が丈夫でも、手が不自由な人はいるよ。身体が健康でも、心が傷ついている人もいる。走るのが苦手でも、泳ぐのが得意だったり、人とうまく話せないけど、文章を書くのは好きだったり、この世の中には、いろいろな人がいる。同じ人はいない。みんな違う。人と違うから普通じゃないなんてことはないの」

西條は思う。
世の中は不公平だ。富める者がいる一方、貧困にあえぐ者もいる。貧しさの中で生まれた者は、這い上がろうと懸命に足掻くが、努力と運でのし上がれる者は、ごくわずかだ。ほとんどは、生まれ落ちた環境の中で生きて死ぬ。貧しさを恨む者もいるだろう。が、そうでない者もいる。貧しさが必ずしも不幸であるとは限らない。辛く険しい人生の、その中にささやかな幸せを見出し、満たされた人生を送る者もいる。逆に、他人から見て満たされた暮らしを送っていても、幸せに思わない者もいるだろう。幸不幸は、条件や環境で判断はできない。決めるのは自分だ。

西條は言う。
「数年遅れのために、何人の命が失われると思う。ミカエルがあれば救える命があるんだ」

黒澤は言う。
「1人の命と100人の命、どっちが重いかって、そりゃあ愚問だ。誰にだって、100人の他人の命より助けたいたった1つの命っていうのがある。その唯一の命が、ミカエルの結果によって奪われるかもしれないんだ。それをあんたは、命の重さじゃなくて数で片付けんのかい」

病院長の曾我部は言う。

「信者が神に祈るように、患者は医師に救いを求める。ミカエルの不具合を公表するということはは、患者の希望と、遺族の心の再生を奪うことなのかもしれない」

「短い間のわずかなリスクを恐れるあまり、医療の前進を妨げてはならない」


西條は言う。
「確かに患者は医師に救いを求めている。でもそれは、信者が偶像を崇拝するような一方的なものじゃない。人と人が平等であるように、医師と患者も平等だ。医師は患者を救いたいと思い、患者は医師を信頼する。両者の心が向き合った先に、本当の救いがある」
「医師は、患者の死を少し先に延ばすことはできるかもしれない。が、本当の重要なのはそこじゃない。この患者を絶対に救う、という強い思いだ。それを放棄したら、医師ではなくなる」

「主義と言えるかはわからないが、ずっと平等な医療を心がけ目指してきた。患者の社会的地位や貧富の差で、治療に手を抜いたり加えたりしたことは一度もない。誰かから自分の考えに反すること、例えば肩書があるものの治療を最優先しろ、と言われても頷くことはできない」

「医師ならば、あの時ああしていれば、とか、こうしていれば、という悔いを抱くことはある。医師でなくてもそうだろう。生きていれば誰だってある。でも、それは結果論だ。みんなその時に必死に考え、悩み、でき得る限りのことをした。その決断を、誰も責めることはできない。本人であってもだ」


雨宮は言う。

「医療の現場に携わる私たちの使命は、1人でも多くの患者の命を救うことです。それは、いま目の前にいる患者だけではありません。これから先、何年も後に続いている患者の命も助けなければならない。そのために、ミカエルが必要なんです」


西條は思う。
何か守るものがある人間は強い。苦難に打ちのめされて倒れたとしても、自分の大切なものを守るために何度でも立ち上がる。

山で何かを見つけた真木。
真木は言う。
「医療に、一般的も常識も上も下もない。命の前では、誰もが平等だ」
「先のことはそのときに考えればいい、今は目の前にあることをするだけだ、です」

白い心臓。鼓動は自分で止められない。心臓は人の意志に関係なく、脈を打ち続ける。自分の意図とは関係なく、生きようとしている。
生きようとする姿こそが、気高いのだ。

「あんたはさっき、お前は神か、と言ったが、もちろん違う。あんたも違う。俺たちは下僕だ。」