「お父さんは毎日が試験や。」は自営業の父の口癖だった。来週で80歳になる。今も新しいことに挑戦し続けている。

 

↓隔週で律儀に送られてくるメッセージ。内容よりも「ネ」の横の濁点が気になる。どう発音するのだろう。

 

 

私も5年前「毎日が試験」の世界に仲間入りした。良い評価も悪い評価も直接下される世界。自分に合っている。

 

評価されるのはお互い様で私も相手を選んでいる。ここ半年で6人と1団体からのレッスン依頼をお断りした。

 

ただ今、期間が最も短い方でも8か月は継続中。関係も内容も安定している。そこに先週、ポンと問い合わせが届いた。

 

興味をそそられたのは内容ではない。単に日本語で書かれていたから。これ、本当に珍しい。翌朝、アンケートを送り、その週末に体験レッスンをした。

 

5年前の私が知ったら驚くだろう。問い合わせから体験レッスンまで週をまたぐように設定していたし、わざわざ本屋に新しい本を探しに行ったりと一大事だった。

 

アンケートを参考に、今あるもの(本棚にあるテキスト、過去の体験レッスン内容等)で1時間を構成し、相手の話を聞きつつ、途中で内容を変更することもできるようになった。

 

レッスンした人数こそ多くないものの、一人ひとりと毎回向き合ってきた甲斐があったと思う。冒頭の父の話を書くために5年前の文章を読み返した↓10年を待たず、実感している。

 

ゼロからのスタートです。一つ違うのは、身一つで飛び込んだ父に対し、私には、お勉強と資格が必要でした。10年後、振り返った時、きっと正解だったと思えるはず。そして、20年後には大正解に。

 

で、久々の「試験日」は明日。体験レッスン後に届いたメールには「体験は良かったです。一旦、1回分チケットでお願い致します。」と書かれていた。

 

「体験は」の「は」が引っかかるのは、たぶん考えすぎだろう。その後の「1回分チケット」は、まだ完全に信頼されていない証拠だと思う。

 

私の個人レッスンには1回、5回、10回チケットがあり、まとめて購入すると1回の料金が割安になるように設定してる。5回でもなく1回か。

 

この方に選んだテキストは

 

「本書のねらい」に外国人が思いもよらず不利益を被ってしまう理由が書かれている。以下、引用。

 

誤った文法でたどたどしく話す学習者が場面に不適切な発話をしたとしても日本語ができないということで許されますが、豊富な語彙、正確な文法を駆使して流暢に話す学習者が同じように不適切な発話をした場合には、言語能力の問題ではなく、その人の人格上の問題(「自分勝手な人だな」や国民性に対するステレオタイプ(「○○人は遠慮ってものを知らない」として誤解されてしまう可能性が高くなるからです。

 

ここに付け加えるなら見た目によるバイアス / 偏見もあると思う。アジア人、特に東アジア人に対する評価が厳しいというのは大学事務時代にも感じた。

 

同じような顔をしているのだから同じような態度を取るように要求してしまうのか。それとも親近感を持っていたのが意外な言動で裏切られたように感じてしまうのか。

 

私も気を付けるようにしている。バイアスはよろしくないけれど、現に存在するのだから対処が必要だ。レッスンでは他の人種の人たちより事細かに指摘するようにしている。

 

日本社会で嫌な思いをしてほしくないと思うから。この方も日本の会社に勤めている。それが興味を持った理由の一つだ。他にもある。

 

興味を持った点:

・独学でJLPT N2まで合格(4、5回受験)。N1にも今までに2回挑戦している。

・私が今後学んでいこうと思っている言語の母語話者だから。ホームページのブログでアピールした効果か。

等々。

 

気負わずに初回レッスンをして、受け続けるに値するか評価してもらおう。と前日に書いている時点で既に気負っている。