東京に住む友人から言われたことがあります。
「結婚相手に巡り会って、子供にも恵まれて、マンションも買って、人生の節目ごとにチャンスを掴んでいるよね。」
籍を入れたのは、配偶者ビザを与えるため。前回書いたように子供は偶然の産物。マンションは中古なんですけど。
転職も人様に言えないほどの回数。今のところ、人生トントンかなと思っているので、友人の言葉に驚きました。
親譲りか、40を過ぎても、根拠のない自信を心に秘めて生きているのは確かです。一応、女の姿形をしていますが、きっと、前世は、カウボーイか海の男だったのでしょう。
失敗しても諦めずに挑み続けて、獲物を仕留めるかのように。この10年は1年として同じ年はありませんでした。保活、就活、3回の転園、数々の転職、2回の引越し。
より快適な生活を求めて、変化を厭わず、行動してきたつもりです。その度に生活リズム、家事分担の見直し、職場では、人間関係の再構築、仕事の覚え直しが必要だったとしても。
これ以上書くと愚痴になりそうです。
そこで、前回と同じく、遥洋子さんの著書「死にゆく者の礼儀」の力をお借りします。私の言いたいことを代弁してくださっています。
辛抱とは、一見大変なことに聞こえるが、実は楽なことなのだ。なにもしなければいい。ただ辛抱すればいいのだから。
人生を好きに生きるのは、一見勝手気ままに聞こえるが、実は力がいることだ。なぜならそれは、好きに生きるのを阻害するひとつひとつの要因を発見しては解決していく、ということの連続なのだから。
最も楽な生き方は、なにも感じないようにし、人生はこんなもんだ、と諦めることだ。
傷つくことや怒りもなければ、そのかわり、喜びもない。
問題は、若い時にはそれでもいいが、老いてもなおそう思えるかどうか、若い時には分からないということだ。
冒頭に書いた友人。年明けに会ったとき、いつもと様子が違いました。どことなく攻撃的で、言葉の端々に苛立ちのようなものが感じられたのです。
フランス好きで、10年ほど前から「ホームステイ」と称して、毎年、家に泊りに来てくれていた友人。ここ数年、東京に戻る間際に外で会うことが多かったのは、彼女の母親が闘病中だったから。
昨日、彼女から大型連休に会えないかと連絡があり、母親の病状を尋ねてみました。返ってきたのは「2月に旅立ってしまったの」という思いがけない知らせ。
前回会ったときの様子を思い出しました。仕事の休みが取れたら東京と神戸を往復していると言っていた友人。痩せたように感じたのは、そういう訳だったのでしょう。
病状を詳しく聞いていなかった私は、そこまで考えが及びませんでした。彼女のことだから来週会うときにも母親について触れないはず。
フランスという国に出会って20数年。日本人女性とフランス人女性との違いの一つは、「笑顔」だと思っています。
むやみに笑わないフランス人女性。だから、ここぞという時の笑顔が引き立つのです。一方、「女は愛嬌」とばかりに、常に笑顔を振りまく日本人女性。多いですよね。
まるで、幼いころから「女の子なんだから笑顔を忘れずに」と教えられたかのように。彼女もそんな一人。だから、年明けに会ったとき、厳しい表情を見て驚いたのです。
今回は本音で話してくれるといいなと思いながら、お客様を呼べるように部屋の片付けを頑張ることにします。


