September 9 Records ©️


※ 当記事は、文字数制限対策の為、前編と後編に分けて投稿されております。

 


『夢 -前編-』※当記事は、文字数制限対策の為、前編と後編に分けて投稿されております。    ここ約10年程、中学時代の夢を定期的に見ている。全てが妙にリアルで、かつての学び…リンクameblo.jp


 

 中学1年次、小学校高学年の頃から常態化し切っていた家庭内暴力と夏休み前に癌で祖母を亡くした事が重なって憔悴し掛けていた頃は、毎日が憂鬱で学校へ通う足取りも非常に重く、遅刻を繰り返す日々を送っていた。

 ある時、1組から3組までの同学年の生徒達が視聴覚室で一堂に会する機会があった。20年以上も前の記憶である為、正確な情報は失念してしまったが、作文コンクールか何かの入賞者数名が、皆の前で一人ずつ作品を発表する事になったのだ。


 

 静寂の中で一人、また一人と其々の作品を読み終えて行く中、最後の一人へと順番が回り、当人が立ち上がって前に出ると一気に衆目を集めた。

 緊張からか若干声を震わせつつも、一言一句をしっかり発音して読もうとする姿勢が見て取れたが、やがて段々と声がか細くなっていき、気が付けばその子は目から涙を零しながら辛うじて読み上げていた。

 作文を読み終えると室内には拍手が響き渡り、何とか事なきを得た様子で周りには彼女を慰める為に他の女子生徒数名が集まっていたのを覚えている。

 

  

 突然、一体何の話をし出すのかと疑問に思うだろうが、その最後の発表者こそ1年後の中学2年次に同じクラスになり、いずれ筆者が片想いをすることになる「隣の席のお笑い好きな女の子」だったのだ。

 翌年、同じクラスに振り分けられるまでは、特に名前も知らない同学年の女子生徒の一人でしかなかった訳だが、まさかその子が自分の隣の席に座る事になると誰が予想できただろうか。

 始まりは、2年生に上がって直ぐの頃、授業中に1年次の担任教諭であった社会科担当の先生からちょっとした揶揄いの言葉を掛けられた事がきっかけであった。

 

 

 「安田 (筆者の姓) 、どうした? お前、全然元気無いなぁ。〇〇の隣じゃ嫌か?」

 

 

 内心、何を言っているんだと思いつつ左手に目をやると、1年前に視聴覚室で見た顔がそこにあり、その子は先生の言葉に含み笑いを浮かべていた。

 当時の筆者は特に未だ何とも思ってはおらず、「作文発表の時のあの子」くらいの印象しか無かった為、暫くの間は無愛想に振舞い、前年から引き続き同じクラスになった後ろの席の男子とばかり話していた。

 しかし、気が付けばその子とは自然に話す様になり、互いにお笑い好きである事が判明して番組を録画したVHSビデオテープを貸し借りし合いながら親睦を深めていくと、昼食時には筆者の弁当箱を手に持ち、「そっ、うちが作ったの!」と担任教諭の前でボケる姿を披露して笑わせてくれた事もあった。

 暫く経ってクラス内で席替えをした際も、筆者を優先的に同じ班の中に組み込んでくれる程の良き友人関係を築きつつあり、その頃から徐々に意識をする様になっていった。

 

 

 相手は恐らく筆者の事など遠い記憶の彼方に置いて来てしまっているだろうが、今でも本当に心から感謝しているし、同じ教室で共に過ごした1年間は何物にも代え難い宝で、当時の筆者にとって辛い時期の心の支えになってくれていた大切な存在だ。

 故に、中学2年次は毎日学校へ行くのが楽しくて仕方が無く、あれ程嫌いで意義を見出せなかった勉学にも励み、学年で88位といった最悪とも言うべき順位から30位台前半まで成績を押し上げた。

 学年主任の先生からも、このまま順当に行けば志望校合格への道も夢では無いと太鼓判を押される程で、個人的には大躍進の真っ只中に居た。

 

 

 だが、3年生になるとクラス分けで互いに離れ離れになってしまい、そこから必然的に疎遠になると成績も徐々に下降し、二学期の後半では最終的に60番台まで落ち込んだ。

 更に受験を目前に控えた2月に母方の祖父を病で亡くし、心が完全に折れてからは希望を失ってしまった。

 唯一の救いは、3年次の新学期にクラス分けの発表が廊下に貼り出された際、あの子が筆者に掛けてくれた言葉だった。

 

 

 「同じクラスが良かった」

 

 

 全く同じ事を思ったが、突き付けられた現実を受け入れるしか無く、作り笑いをしながら黙って名簿表を見ていた様な気がする。

 結局、年賀状のやり取りをする程度で、卒業する頃には殆ど接点の無い状態が続き、直接話したくても最後の最後までその機会に恵まれる事が無いまま短い中学校生活を終えてしまった。

 筆者が頻繁に中学2年次の夢を見る理由は、それがずっと心残りになっているからだろう。

 

 

 高校進学後、友人の伝を頼りに本人の許可を得てメールアドレスを入手し、勇気を振り絞って話しかけた事は何度かあったが、拙い文章力の所為か画面上では昔の様に会話が弾む事は無かった。

 その後も同窓会や成人式で互いの顔を見掛けても、目すら合わせない様な状態にまで関係は冷え込んだ。やがて、20代も半ばに差し掛かる頃には、メールアドレス変更の通知すら届かなくなっていた。

 

 

 だが、その状況を作り出したのは内に閉じ籠って彼等との接触を拒み続けた21歳当時の筆者自身であって、彼等が悪意を持って離れて行った訳では無い。

 出来る事なら、いつの日か再び彼等全員と顔を合わせ、色々な話をしたい。例え話す内容が無くとも、皆が一堂に会して食事や談笑を愉しむ様子を輪の中で静かに見ているだけでも良い。

 現在の筆者は、とても彼等に顔向け出来る様な状態では無いが、いつか人生最後の日を迎える前に、もう一度会いたい。

 

 

 もし、彼等がこの記事を偶然発見して読んだら何を思うだろうか。ある者は感傷に浸り、ある者は嘲笑するかも知れないが、この際どちらでも構わない。

 いつ何処で何があるか分からない世の中だからこそ、書き残しておく必要があると思った。卒業から20年以上が経過した今でも、あの日の事は鮮明に覚えているし、これから先も終生忘れ得ぬ想い出として心に残り続けるだろう。

 

 

 話が少し横道に逸れるが、筆者には歳が9つ離れた妹が居る。彼女が2011年に中学へ上がると同時に、実家が木更津第三中学校の学区外へと引越したのだが、通い始めた学校で、何と「あの子」のお父さんが教鞭を取っていたのである。

 何の悪戯か知らないが、人の縁という物は実に不思議だ。こうして、2002年の視聴覚室での邂逅に始まり、最後は意外な結末を迎えた。

 

 

 中学2年次の頃の話にばかり寄ってしまったが、中学3年次は部活動で良き後輩達に恵まれた事もあって、決して悪い想い出だけでは無かった。

 中学卒業後も、筆者を気に掛けてくれていた彼等に感謝をしているが、色々あってこちらから連絡を絶ってしまった事を大変に申し訳無く思っている。いつか何処かで見掛けたら、遠慮無く声を掛けて欲しい。


 

 締め括りに、中学2年次の担任教諭から学級生徒全員に配られた合唱コンクール用のCDに隠しトラック的に収録されていた THE BLUE HEARTS の「青空」、平成16年度卒業記念DVDの挿入歌であるスピッツの「スターゲイザー」の2曲を以て終わりとする。

 

 

 

 



皆の健康と幸せを心から願って。

 

 

 

 

 

 


※当記事は、文字数制限対策の為、前編と後編に分けて投稿されております。 

 

 

 ここ約10年程、中学時代の夢を定期的に見ている。全てが妙にリアルで、かつての学び舎と共に同窓や恩師の姿形は当時のままである。

 夢の中では、充実した学校生活を送っていた当時14歳の筆者の人格と今現在の筆者の人格が混在しており、前者が彼等との再会を心から喜ぶ様を後者がその情景や心情を冷静に俯瞰しながら存在する筈の無い記憶を共に体験するという不思議な感覚だ。

 今現在の筆者が当時の自分に対して父性を交えたかの様な感情で、「また皆に会えて良かったな」と心の中で優しく声を掛けて見守っている、と言えば何となく伝わるだろうか。

 

 

 数年前のコロナ禍を経て、mRNA型ワクチンの健康被害についての記事を時折目にするようになってからは、彼等の顔が以前にも増して頻繁に浮かぶ様になった。最後に皆が顔を合わせたのは、16年前 (2010年) の成人式。

 以来、15年以上は全く音沙汰が無い。と言うのも、2011年に筆者自らが彼等の前から忽然と姿を消したことに起因する。

 

 

 その年の初め、中学時代の同窓であった男子グループ十数名で車を2台走らせて市内の神社を初詣の為に訪れたのだが、帰り際に駐車場で置き去りにされた事がきっかけとなり、とうとう堪忍袋の緒が切れてしまったのだ。

 よくある「悪ノリ」だが、当時の筆者としては、「20歳をとっくに過ぎた良い大人が、いつまで中高生気分を引きずっているんだ」と心底憤っていた。

 夜中の2時近くを回っていた為、当然バスや電車も無かったが、市内の神社であったことが幸いして徒歩1時間程で帰宅出来たことを覚えている。

 後日談では、その後直ぐに駐車場まで迎えに来たらしいが、筆者は既にその場には居なかった。

 

 

 今となっては、これを過去の笑い話の一つとして数えても良いだろうと思える程の度量はあるつもりだが、当時弱冠21歳の自分は、どうしても許す事が出来なかった。

 そして、そこまで憤った理由は他にもある。それは、筆者が中学2年次の頃、密かに想いを寄せていた「隣の席のお笑い好きな女の子」の元恋人が筆者を置き去りにした車のドライバーその人であったからだ。

 

 

 と、ここまではクラス内で気が弱く、地味な立ち位置であった男が遭遇する典型的なパターンだが、筆者の様な寡黙なタイプの人間は我慢の限界に達すると、激昂する代わりに静かに立ち去り一切の連絡を絶つそうで、似た様な話を他人から聞いた事もある。

 

 

 その後、暫くの間は同窓会への参加の可否を問う連絡を受けていたのだが、「人をぞんざいに扱うようなお前らに誰が二度と会うものか」と腹に据えかね絶縁を決意したのだ。

 何もそこまでする必要は…と、言われ兼ねない大胆な行動だが、当時は会いたい人よりも、会いたく無い人の方が圧倒的な割合を占めていた為、例え大好きだった人が出席すると知っても、頑なに無視を貫いていた。

 

 

 しかし、それから直ぐに東日本大震災が発生し、2016年の熊本地震、2019年のCOVID-19によるパンデミック、2024年の能登半島地震と様々な災厄に見舞われる全国各地の様子を画面越しに目撃し、今までそこにあった筈の当たり前の存在が、ある日を境に突然失くなってしまうという事を身近に感じる様になってからは、かつての同窓や恩師たちへの想いが年々強くなっていった。

 

 

 途中、恨み節の様になったが、今の筆者は決して誰かを憎んでいる訳では無く、寧ろ相手を慮る側面の方がずっと強いと言える。15年前に彼等との縁を完全に断ち切ってしまった事を今更ながら深く後悔しているからだ。

 だからといって、何と無く惰性で交友関係を保ち続けていたとしても、再び不快な思いをさせられていただろうし、遅かれ早かれ同じ結果になっていたかも知れず、どうするべきであったか、何が正解だったのか未だに分からないままだ。

 当時、20歳を過ぎたばかりで、彼等が飲酒・喫煙・ギャンブル等に自由に手を伸ばせるようになった事も災いし、益々嫌悪感に拍車が掛かっていた所為か、会う度に理想と現実の乖離から来る失望感に苛まれていた。

 

 

 天真爛漫であった中学時代の彼等が「理想」で、成人後に酒や煙草に溺れて人格が変わってしまった当時20〜21歳の彼等の姿を「現実」と考えて頂ければ良い。

 

 

 ここで冒頭にて触れた中学時代の夢の話に戻るが、筆者が今現在も定期的に見続けている夢は、1年次でも3年次でも無く、必ず2年次の経験に基づいた内容になっている。

 当時、あのクラスは体育祭と文化祭で賞を総嘗めにし、何をやっても必ず上手く行く、まるで映画やドラマで描かれる様な完璧な存在であった。

 それだけ、筆者にとって中学2年というのは、素晴らしい仲間達に囲まれて過ごした非常に濃くて充実した1年間だった。

 一方、小学校・高校・大学時代に関連した夢は皆無であり、依然として夢に出て来る気配は微塵も感じられ無い。


 

 個人情報の保護が叫ばれる昨今、全てを詳細に書き記す事は憚られるが、筆者はこの記事がいつか何らかの形で同窓や恩師の元へ届く事を願っている為、思い切って書き綴ってみる。

 

 

 筆者が通っていた中学校は、千葉県木更津市にある木更津市立木更津第三中学校で、老朽化により2011年頃に旧校舎は解体されてしまったが、あの純白の校舎は卒業から20余年が過ぎた今でも脳裏に色濃く焼き付いている。

 今も未だあるのかは分からないが、木更津第三中学校には「菊花祭」と呼ばれる催し物があり、新学期の始まりとほぼ同時に生徒一人一人に鉢と菊の苗が与えられ、秋に開催される菊花祭に向けて皆で育てて行くのである。

 

 

 筆者が先日見た夢の内容は、そんな菊花祭の当日で、体育館に並べられた無数の菊の花を鑑賞するというものであった。ここまでは過去の実体験に基づいており、これと言って奇異なところは無い。

 しかし、問題はそこからで、菊花祭を終えた後の体育館で当時筆者が片想いをしていた「隣の席のお笑い好きな女の子」が、独り制服姿で座り込んでいるのを見掛け、心配になって手を差し伸べようとしているのだ。

 そして、筆者が「一緒に帰ろう」と言う。すると、彼女が笑顔でこちらの手を取って立ち上がり、途中まで談笑をしながら帰るという、まるで当時の願望を具現化したかの様な夢である。

 

 

 勿論、現実世界に於ける彼女は、そんな風に孤立したりする様な人では全く無く、いつも周囲に自然と人が集まって来る人気者で、誰かの陰口を叩く事も無く、聡明で器量良しの優等生であった。

 一応、ここで先に断っておくが、筆者は今現在も好意を抱いている訳では無い。確かに、当時は大好きだった事は認めるが、現在の筆者にとって、もはや彼女は「好き」か「嫌い」かで語れる様な低次元の存在では無くなっているのだ。

 

 

 よって、今日に於ける筆者の人格を形成する上で、非常に重要な役割を果たしている人物の一人であることは間違い無い。

 もし、人生最後に会いたい人は誰かと訊かれたら、真っ先に思い浮かべるのは、彼女か小学校時代の親友の「谷」になるだろう。

 谷は、筆者が10歳になる直前、高知から千葉へ越して来る前に通っていた高知県高知市立神田小学校の同級生であるが、そんな彼とも12年前に東京で会ったきりで、その後は連絡が途絶えてしまっている。

 ここまで読むと、筆者がそれまで殆ど苦を経験する事無く過ごして来た温室育ちであるかの様な印象を受けるだろうが、決してその様な事は無い。


「夢 -後編-」へ続く。

 


 

 



 前回の記事、「Maxon CP9pro+」から早めの更新です。これまでは数年毎にしか更新して来ませんでしたが、この頃は色々と書きたい事がある為、暫くの間は投稿間隔が狭まります。

 


 3年前の2023年、筆者はベーシストである父の知人のアマチュアギタリストの方からスイッチャー付きのエフェクターボード一式を譲り受けたのですが、折角頂いたのに全く使わずに眠らせていました。

 厳密に言えば、そのボードに組み込まれていたBOSS DC-2Wのみを拝借し、自身の直列接続のチェーンに組み込んでいました。オンにした際、やや音量過多になるIbanez TC10 Twin Cam Chorus (若かりし頃の母の使用機材) の代替として非常に優秀であった為です。

 これ (BOSS DC-2W) とストラトで Larsen Feiten Band の Morning Star にピッタリな音が出せて、演奏が更に楽しくなります。とは言え、Ibanezの揺れるコーラスの音が時折恋しくなる時もあります。

 



 

 エフェクターボードの前所有者は、父より歳上の元消防局長の方で、機材整理と断捨離の為に必要な物だけを手許に残し、他のコレクションを御自身より若いバンド仲間に譲り渡したそう。

 聞けば、御子息もギターが趣味で親子で音楽を嗜む仲睦まじい関係であったとのこと。しかし、残念なことにコロナ禍で大切な御子息を亡くしてしまわれたそうです。

 筆者の憶測ですが、機材整理の為と言うのは建前であって、本当の理由は違うと思います。人間、生きていれば嬉しい事、悲しい事を必ず経験するものではありますが、圧倒的に辛い出来事の方が多いのではないでしょうか。

 筆者は未だ36年しか生きていませんが、これまでの人生の半分以上は辛い事ばかりでした。そして、恐らく今も。 

 

 エフェクターボードの話に戻ります。

 

 先週、頂き物のエフェクターボードとスイッチャーをいい加減試さねばと漸く重い腰を上げ、狭苦しい四畳半の部屋に見合わないボードを数時間掛けて一から組み上げました。しかし、それから僅か三日で直列接続に戻してしまった。

 理由としては、直列接続の方が筆者の求める音 (好きな音) が出るからであり、スイッチャーのブランド自体は全く関係無ありません。因みに、頂いたのはOne Control Chamaeleo Tail Loop Mk-IIで、現在は後継機のMk-IIIが登場。

 過去の使用者達のレビューを読んでみると、「ポップノイズが出る」や「スイッチが壊れ易い」とあり、正直なところ使用を躊躇っていたのは否めませんが、筆者の元へやって来た個体は経年劣化で各スイッチ周りに若干の錆があるものの、電気的な問題は全く無く普通に使える物でした。

 

 

 恐らく、使用環境又は電源との相性によってポップノイズが出てしまうのでしょう。レビューで言及されていたスイッチの脆弱性 () については、個体差と言うより品質管理の問題であると推察します。

 これは、全ての中国製の工業製品に付き纏う課題であり、未だに「安かろう悪かろう」と巷で揶揄され続ける所以です。

 故に、筆者は中国製 (特に食品) を極力避けていますが、知らない間に手 () にしてしまっている物もあり、完全にシャットアウトするのは中々難しいものです。

 

 

 例えば、筆者が3年前に購入したSHARPの除湿機は中国製。前記事でも言及済みですが、現在愛用中の Fender ’68 Custom Deluxe Reverbの標準スピーカーは、中国製のCELESTION G12V-70。あとは、現在筆者が使用中のiPhone、iPadも中国製か

 食品では、某牛丼チェーン店の玉ねぎ、紅生姜が中国産。某ハンバーガーチェーン店も一部の具材等が中国産。そして、各コンビニのホットスナックや某弁当チェーン店の原料にも中国産が混在している。他にも挙げればきりがありません。

 しかし、筆者が一番許せないと感じたのは、あのBELDENが北米仕様とアジア仕様の2つの生産ラインを持っており、日本へ輸入されているケーブルの大半が中国工場生産である事。

 何故許せないか。 それは、業者でも無い限り、精々メートル単位でしか購入しない一般消費者には生産国の確認がほぼ不可能だからです。

 「本物」が欲しくて態々高い出費をしてケーブルを揃えたのに、蓋を開けてみれば中身は中国製でした、なんて到底受け入れ難い事です。

 先述の食品に関しては、各社のホームページを当たれば直ぐに出てくるので取捨選択が可能ですが、BELDENのケーブルに関しては話が変わってきます。特に、既製品のパッチケーブルやシールドともなれば、使われている線材の産地など調べる術が無い状況です。

 

  

 

 

 散々、ここまで愚痴を書き連ねましたが、筆者のエフェクターボードとアンプの電力供給を担っているFURMANの電源タップは中国製です。アンプに使用されている真空管も中国製。そして、あのウ◯◯スも。もう、何もかも中国製。

 そう言えば、ロシアはモスクワ出身のEverything Is Made In China (略称 : EIMIC)というバンドが居ますが、彼等は中々先見の明があると思います。とは言え、結成はコロナ禍よりもずっと前の2005年ですが。

 

 

 また、話が脱線してしまいました。

 

 

 スイッチャーは数多ある文明の利器の一つであり、非常に便利な物であることに間違いはありません。特に頻繁にライブをされる方であれば、演奏中に「タップダンス (直列接続のエフェクターの切り替え時に足を高速でバタ付かせる行為) 」を披露する必要もなくなり、更にプログラマブル仕様であればパフォーマンスの向上に大きく貢献することでしょう。

 しかし、筆者の耳には正解の音ではありませんでした。「それは、お前の耳が腐っているだけだ」と野次が飛んで来そうではありますが、筆者は直列接続の音の方が好みです。

 拙い文章で色々と書き殴っていますが、30代も半ばを過ぎ、漸く人生初のエフェクターボードとスイッチャーを体験する機会を与えて頂いた事に心から素直に感謝をしたいです。

 

本当にありがとうございます。



 先程、触れた Everything Is Made In China (EIMIC)  Buy 4 Take One Freeです。意味は「4つ購入で御一つサービス」。


 


 こちらの写真は、長さ不揃いの手持ちのパッチケーブル (BELDEN + Vital Audio) で無理矢理組んだエフェクターボード。撮影後、1本だけ誤った方向性で接続されている事に気が付き慌てて修正。

 ジャンクションボックス、ボードオンパワーサプライ共に無し。FURMANに接続された電源から分岐ケーブル2本を用いて直接電力供給し、チューナーはデジタル & アナログの混在ノイズ防止目的として、別の電源タップに挿した専用アダプターを介して供給。

 Fuzz FaceCry Baby は、パッチケーブル不足、及びサイズオーバーで断念しましたが、Fuzzの音が欲しくなった時に備え、BELDENのパッチケーブルを予備で一本残してあります。ソルダーレスケーブルを使えば、無駄な空きスペースを作ること無く埋められるのは分かっていますが、音が嫌いなので通常パッチケーブルを使用しています。

 一見、考え無しに適当に組んだ様な汚らしい出来栄えですが、バンドにも所属せず、ライブも一切やらない御一人様ホームギタリストの足元としては上等過ぎる程。入り口はMaxon CP9pro+ (コンプレッサーですが、オンにすることは基本的に無く、常時オンのペダルは原音に忠実なEffects Bakery Croissant Distortionが務めています。

 では、何故コンプレッサーを繋いでいるのかと言うと、前記事でも言及した通り、このコンプレッサーのバイパス時の音が高域の耳に痛い部分を良い塩梅で極僅かに和らげてくれるからです。

個人の感想です。

 

 

 玄人の方々から、「音痩せしているだけでは?」、「アンプのイコライザー調整という概念は捨てたのか?」と御指摘の声が上がるかも知れませんが、一般的に言われるような酷い音痩せは感じられず、筆者の耳には心地良く聞こえる音です。

 アンプのイコライジングは、ハムピックアップ搭載ギターを弾く時に限りTreble7程度まで上げますが、基本はシングルピックアップが好きなので、Volume 2.5Treble 6Bass 4で固定した上でエフェクターのイコライジングを設定しています。

 歪みが多過ぎる? 勿論、分かっています。しかも、ケンタウロス系が2台。この2つは同系統の歪みですが、音色に違いがあって、単純に気分で使い分けたり、曲次第では右下のEffects Bakery Croissant Distortion同様、ローゲイン設定で常時オン、又はMaxon VOP9proのちょい足しブースターにしたりと用途は様々です。

 また、BOSS DC-2Wがステレオ出力可能であることを利用し、実験的にもう片方の出力をBELDENの古いベース用ケーブルでチューナーに接続して音痩せの原因となる経由回路の削減を図っています。ミュートは出来なくなりましたが、バンドもライブもやらない為、特別不便に感じません。

 


 話をコンプレッサーに戻し。Maxon CP9pro+は、原音に忠実なコンプレッサーであることを売りにしておりますが、筆者の環境 (Fender ‘68 Custom Deluxe Reverb) に於いては、ゲインノブ以外を下げ切っていても歪みペダル無しの完全なクリーンに対しては音の変化を顕著に感じます。

Maxon CP9pro+は、ゲイン、スレッショルド、レシオの3つのノブで音を設定します。


 しかし、不思議な事に他のペダルと併用した際は、一聴しただけでは掛かっているのか分からない位の自然なコンプ感が得られました。勿論、コンプを強く設定すれば圧縮された音が出ますし、薄く掛けていても良く聴けば掛かっている事が何となく分かります。

 Maxon CP9pro+の音が悪いとは全く思いませんが、筆者はそもそもコンプの掛かった音が嫌いなので、オンにすることは滅多にと言うか、ほぼ無いと断言します。ただ、バイパス時 (エフェクトOFF) のアンプのクリーンの音は好きなので繋いだままにしております。

 コンプの音が嫌いなら何故買ったのか。それは、生きている内に良いコンプレッサーペダルの音を体験しておきたかったからです。コンプレッサーが無ければ出せない音もあると言われる中、実際に手に取って研究したかったのです。

 因みに、今はEmpress Compressor Mk-IIWarm Audio Pedal 76に興味がありますが、手に入れたとしても、「やっぱり、コンプの音は嫌いだ」と言ってそうな気がします。


 



 ペダルボード構築中、ケーブルをあれこれ入れ替えている内にMaxon VOP9に見慣れない凹み傷を発見。いつの間に付いたのだろうか。

 昨年、外が暗くなっても部屋の灯りを一切点けずに練習していたら、フットスイッチと誤認してゲインノブを足の親指で一生懸命に踏ん付けるという愚行を冒してしまい、ゲインノブが馬鹿になって外れ易くなっています。いつか、Maxonに修理依頼でもしようかと思います。 

 

 

 お終いに、筆者がウォーミングアップで必ず弾く様にしている The Rascals の Icy Water でお別れです。

 

 

 

 ギターは、記事の冒頭でも触れた Larsen Feiten Band の Buzzy Feiten が演奏しています。哀愁漂う歌詞と素敵な旋律が合わさった隠れた名曲です。

 

 

 

 

 



前回の記事より、約1年半ぶりの更新です。読者0のブログなので、更新は完全に気まぐれです。

突然ですが、コンプレッサーの音が好きでは無いのにコンプレッサー (MAXON CP9pro+) を買いました。しかし、意外な結末が。

本題に入る前に前置きを。
※非常に長いですが、何卒御容赦下さい。
 
4年前、人生初の真空管アンプ (Fender ‘68 Custom Deluxe Reverb) を入手して以来、今まで自分が知らなかった世界を日々勉強中の筆者です。

2019年に関東を襲った巨大台風の影響による雨漏り被害を受け、10年間使い続けたFender Super Champ XD (スピーカーはJENSEN P10Rに交換) が不調をきたした為、思い切って前述のアンプへ乗り換えたのですが、音作りに苦戦する毎日でした。
 
筆者はバンドに所属することなく部屋で独りギターを掻き鳴らしているだけなので、側から見ると幾ら機材に拘っても無意味だと思われそうですが、大事なのは「弾いていて楽しいと思える音、時間を忘れて没頭できる音を出すこと」なので、その点だけは妥協しないと決めています。

何も手を加えていない Fender ‘68 Custom Deluxe Reverb (以下、デラリバ) を手持ちのストラト (Fender Custom ‘54ピックアップ搭載の1994年製 Fender Mexico Squier Series) で弾いた時の初めての感想は、「何かが違う」でしたが、スピーカーが慣れてくれば良い音を出してくれるだろうと半年程は様子を見ました。
 
その「何か」とは単純にスピーカーの違いであり、アルニコスピーカーの音が好きな筆者はFender Super Champ XDに続いて、デラリバにもJENSENのアルニコスピーカー (JENSEN P12Q) を載せました。
 
純正のスピーカーは中国製のCELESTION G12V 70でしたが、筆者の耳にはやや濁った様な音に聴こえ、どうしても好きになれませんでした。

そう言えば、当時⚫︎⚫︎⚫︎ショッピングのレビュー内でG12V 70が中国製である事について言及したら、何故か削除されたのを思い出しました。因みに、JENSENはイタリア製です。

スピーカー交換後、これで他は何もいらないなと思えましたが、それも束の間。今度は歪みの音を充実させたくなった。
 
‘68 デラリバは、現行のブラックフェイスリイシューよりも歪み易いアンプで、Vol. 5付近で音が歪み始めるのですが、自宅では3を超えるとただ煩いだけなので、筆者は歪みの音をエフェクターから得るようにしています。
 
Super Champ XDを使っていた頃はモデリングチャンネルで容易に得られた様々な歪みの音が、制約のある環境下に於けるデラリバでは中々再現が難しいのです。その為、筆者はコンパクトエフェクターに頼らざるを得ません。

手軽に様々な種類の音が欲しいのであれば、マルチエフェクターの方が断然お財布に優しいのですが、真空管アンプ入手以降、アナログの音に惚れ込み、傾倒し切っている筆者は、モデリングアンプやマルチエフェクターの音が耳に突き刺さる冷たい音に聞こえる様になってしまいました。
 
20代の頃は、カスタマイズした安い機材で高級品に負けない良い音を出すのが一番だと考えていましたが、デラリバ入手後はその考えを改めることになりました。
 
しかし、それと同時に思ったのは、「クリーン系の真空管アンプで充実した音のバリエーションを求めようとすると、お金が掛かって仕方が無い」という事です。
 
MAXON VOP9、MXR Sugar Drive、Ibanez ADMINI、Jim Dunlop JD-F2 Fuzz Face、Way Huge WM-20、Effects Bakery Croissant Distortion、MAXON CP9pro+…
 
この4年間、少しずつエフェクターを集めてきた筆者ですが、これらはデラリバを買わなければ縁が無かった (買う必要が無かった) 機材です。

それ以前から、幾つかのエフェクター (Line6 DL4、MXR Micro Amp、Phase 100、Animals Pedal Rover Fuzz) を所有していましたが、2ch仕様でエフェクトが充実したSuper Champ XDのお陰で態々新しく買い足す必要性は全く感じていませんでした。
 
では、デラリバ + コンパクトエフェクターをやめて以前のスタイルに戻りたいかと訊ねられたら、そこは「いいえ」と答えるでしょう。

それくらい、真空管アンプとコンパクトエフェクター (アナログ) の音は一度手を出すと中々やめられないものであり、人々が「沼」と呼ぶものなのです。
 
ここまでダラダラと書き連ねましたが、タイトルにあるMAXON CP9pro+ (コンプレッサー) を買った理由は、単純に好奇心からでした。
コンプレッサーが気になり始めて、購入に至るまで半年間も吟味し、ノイズが無く原音に忠実で音を過剰に圧縮しない物を予算内で探し求めてレビューを読み漁った結果、上記のペダルに辿り着いた訳ですが、実際にアンプを通して使うのとYouTube等で聞くのでは当然ですが違います。
 
YouTube上では殆ど原音と変わらない音が出ていますが、実際の音は高域をプッシュしている様な感じ。そして、この音には聞き覚えがある。
 
一つはMXR Sugar Driveのバッファをオンにした時の音に良く似ている。そして、もう一つはFender Super Champ XDのモデリング (特にVoice 1) の音である。
 
そして、筆者はこれらの音が苦手というか、好きではないのです。「パツパツ」としていて、息が詰まるというか、少し不自然な感じで何とも形容し難い不快感がある。

もしかしたら、筆者の耳が腐っているだけかも知れませんが、今回の経験でコンプレッサーの掛かった音よりも、ダイナミクスが生きている音の方が自分の好みであると確信が持てました。
 
しかし、冒頭で述べた通り、MAXON CP9pro+を手にして意外な結末を迎えることになりました。それは、バイパス時の音 (オフにした状態) が何となく耳に心地良いのです。
これまで、音の入り口はMXR Sugar DriveかEffects Bakery Croissant Distortionで固定しており、ペダルのオン・オフに関わり無く、何となく耳に痛い高域を極僅かに感知していたのですが、MAXON CP9pro+を先頭に繋ぐと何故かそれが和らいだのです。
 
CP9pro+を外して何度も確認しましたが、本当に本当に極僅かですが変わります。所謂、これが繋ぐだけで音が良くなると言われる物なのでしょうか。
しかし、確信は持てません。偶々、自分のアンプやペダル構成から得られた結果かも知れませんし、MAXON CP9pro+の内部昇圧回路が影響している可能性もあります。或いは、偶然筆者にとって好きな音が出ただけかも知れません。
 
CP9pro+はトゥルーバイパスなので、非トゥルーバイパスペダルの様にオフ時の音に干渉することは無く、むしろオフだと音痩せすると思っていたのですが、意外な結果となりました。
 
筆者にとってMAXON CP9pro+は、殆どオンにはしないが、繋げたままにしておきたい唯一のペダルです。
 
そして、他にもそんなペダルがあったら是非試してみたいです。
 
この記事を偶然発見された方々で、そんなペダルを知っておられる方がいらっしゃれば、どうか御教示下さい。
 


 

本当に今更ですが、今から6年前に更新した記事 「Epiphone Riviera (エピフォン リヴィエラ) 」の続きを書こうと思います。
 
題して、「Epiphone Riviera Part. II」。
 
固定読者が全く居ないのをいい事に完全な手抜きとなっておりますが、御容赦下さい。
 
流石に6年も経つと歳を取るもので、髭が伸びるスピードが少し速くなったように感じる今日この頃です。
 
振り返れば、2019年には台風直撃による雨漏りと、それによって発生した異常な湿気が原因で愛用のアンプ (Fender Super Champ XD) が故障 (幸い、楽器は全て無事でした。)、2022年にはコロナに感染、その他にも嫌な事が立て続けに起きたりと踏んだり蹴ったりの6年間でした。
 
しかし、何とか細々と生きながらえています。 感謝、感謝…
 
では、そろそろ本題に入ります。
 
確か、前回の記事では中古で手に入れた寺田楽器製のEpiphone Riviera (フリークエンセーター・テールピース仕様) のチューニングが合わない事について不満の声を漏らしており、ペグをダイヤルロック式にするか否かで悩んでいました。
 
結論から言うと、あれから悩みに悩んだ末にGotohのダイヤルロック式のペグ (型番 : SD90-MG-T-05M-L3+R3-Nickel) に交換しました。
 
こちらの製品、通常のロックペグとはロック機構が少々異なっており、ダイヤル式になっています。
そして、その価格も通常のロックペグより倍近くと少々お高め。
 
正確には、基本的な構造は同じですが、通常版ではロックを解除する際に掛かるちょっとした手間がダイヤル式になった事により、専用の道具を使わずに好きな時に自由に解除できるようになっている点が最大のメリットとして挙げられます。
 
しかし、前回の記事で言及した通り、ダイヤルロック式は通常のクルーソンタイプとは非常に異なった様相を呈しており、人によってはそれが格好悪く見えてしまう為、長所よりも短所に目が行ってしまうのではないでしょうか。
 
GOTOHの通常版ロックペグもストラトに装着しているので違いがよく分かるのですが、ダイヤルロック式は確かにロックを解除するのは非常に楽ですし、通常版の様にペグポストの頭にコインやマイナスドライバーを当てながら一つ一つロックを解除していく手間が省ける為、「時短」に重きを置く方々にとっては良い事であるのに間違いはありません。
 
しかし、自分としてはギターを抱えた際に「もっと俺たちを見てくれ!」と主張するかの如く視界に飛び込んで来る存在感たっぷりなダイヤルロック機構がやっぱり気になってしまいます。
 
グローバータイプであれば兎も角、クルーソンタイプだと違和感を覚えますね。
グローバータイプのダイヤルロック式も有りますが、そちらは一見してデザインにマッチしているので然程大きな違和感なく使えそうではあります。
 
自分の場合は、ペグ取り付けの際に木部に加工を施したくなかった為、元々付いていた物と互換性があるクルーソンタイプを選びました。
 
交換してから5年以上も使っておいて今更ですが、やはり見た目はちょっとだけ格好悪いです。
 
しかし、慣れてくると「まぁ、良いか…」と段々受け入れられる様になってきます。
 
(いや、やっぱり完全には受け入れられないかも。)
 
 
そして、ペグを交換した結果としてお伝えしたいのは
 
「期待した程の効果は得られなかったが、元々付いていた非力な純正ペグに比べれば性能は遥かに良い」という事です。
 
と言うのも、前回の記事では「例えチューニングを予めしっかり合わせても、1~3弦をチョーキングすると4~6弦の音が勝手にシャープしてしまい、逆に4~6弦をチョーキングすると今度は2~3弦がシャープしてしまう」といった症状に悩まされていました。
 
これを解決する為にダイヤルロック式のペグを導入したのですが、ペグ交換後は「以前よりは随分マシになったかな」と感じる程度で、残念ながら先述した症状の完全解消には至りませんでした。 
 
今回、自分が得た教訓は「RivieraのテールピースはRobben Ford (ロベン・フォード) 仕様 = ストップテールピースが一番安定したチューニング効果が得られる」と言う事でしょうか。
これはRivieraに限った話では無く、他のギターにも言える事でもあると思います。
 
そういえば、最近のEpiphoneは再びフリークエンセーター・テールピース仕様のRivieraを現行レギュラーラインナップとして復刻しましたが、あれを買った人達も恐らく自分と同じ様な症状に悩まされているのだろうかと思うと同情してしまいます。
 
見た目は中々格好良いのですけどね。
 
それから、一つ気になっているのはEpiphoneが復刻したRivieraのパラレログラムインレイが過去のモデルとは向きが真逆になっている事です。
本来なら、これは左上から右下に向かって流れる様な形でセットされるべきなのですが、何故か現行品は違っています。
 
しかし、一部の同後発モデル (※Noel Gallagherモデルでは無い。) では向きが正しい位置に修正されていたりと訳の分からない状態になってます。
当初は「中国のEpiphone工場の職人さん達のミスか」或いは「ビンテージと現行品の差別化を図る為なのか」と勝手に色々な推測をしていましたが、同時期にGibsonが復刻したEpiphone Casino (エピフォン カジノ) もインレイの向きが過去のモデルとは真逆になっているので、恐らくGibson本社の意向なのでしょう。
 
しかし、不評が相次いだ為か比較的に安価で手に取りやすい価格帯であり、尚且つ最も販売利益が望めそうな現行のEpiphoneを経営戦略に則り、先に渋々仕様修正したとか? あくまでも、これは個人的な推測です。
 
昨今の値上げラッシュによって、Epiphoneは「安くて手に取りやすいギター」としての選択肢からは既に外れて行っているようにも感じますが、それでも一定の購買層は望めるとGibsonの経営陣は考えておられるのかも知れません。
 
因みに、現在サウンドハウスで確認できる在庫品の商品写真のパラレログラムインレイの向きは真逆になっています。
 
そういえば、あのZO-3ギターで有名なフェルナンデスが今月中頃に倒産してしまいましたね。
 
Burnyのゴールドトップ (P-90) を改造しまくって使い倒していた自分からすると、中々ショッキングな内容のニュースでした。
 
今後のブランドの行方等、色々と気になりますね。
 
過去にはトーカイ楽器も倒産しましたが、何とかそこから持ち直した後は少数精鋭の職人達の努力によって今日に至るまで細々と存続し続けているので、いつの日かフェルナンデスにも彼等に倣う形で再び戻って来て欲しいものです。 
 
例えギターの値段が高くなってしまったとしても、中国依存の薄利多売のビジネスモデルからは早々に脱却した上で、トーカイ同様に良材を使った日本国内での生産のみに舵を切る必要があったのかもしれません。
 
しかし、それが自社工場を持とうとしなかったギターメーカーの末路だと言われてしまえばそれまでですが…
 
 
では、今回はこれにて御開きと致します。
 
以上、6年振りのブログ更新でした。