こんばんは、柳川淳二です。
今夜のお噺は、太平洋戦争中に偵察機のパイロットだった・・・仮に山下安信さんとしておいてください。
この山下さんから伺った・・・ちょっと不思議で切ないお噺・・・なんです。
アタシ、この噺大好きなんですよ。
戦争も半ばを過ぎた、日本軍が連合軍に押され始めた頃・・・南方のある島から山下さん、敵基地の偵察に出る事になった。
敵の基地はかなり離れた位置にありましてねぇ・・・海を渡って偵察に行かなきゃなんない。
山下さんの搭乗する偵察機は、双発でもって複座の・・・二人乗りですよねぇ、かなりスピードの出る機体だったんですよ。
600km以上は出たんじゃあないかなぁ。
偵察機ですからねぇ・・・みなさんご存知の零戦のようにグルグル回って空中戦するには向いてないわけだ。
敵地を偵察した後は・・・この高速でもって逃げるわけですよねぇ・・・敵に発見された場合も同様にねぇ。
だから山下さん敵から逃げる方法については色々とね、よ~く知っていたそうですよ。
でね、山下さんはパイロットだったんですが・・・この偵察機の後席にねぇ、もう一人乗るわけだ。
後席は偵察員の役割でしてねぇ、写真を撮ったり、通信したり・・・敵機が襲って来た場合は旋回機銃でもってねぇ、迎撃することもあるんですよねぇ。
その偵察席にはね、岡田さんという山下さんの先輩の方がいつも搭乗していたそうですよ。
この方、面倒見の良い方でねぇ・・・なにかってーと山下さんの世話を焼いてくれたり、かばってくれたりしたんですよねぇ。
そんなわけで山下さんもねぇ・・・岡田さんにはよく懐いて、絶対的な信頼を寄せていたんだそうですよ。
岡田さん、いつも言っていたそうです・・・
「オイ!ヤス!!貴様は操縦者なんだから操縦に専念しておればよい。後のことは全部俺がやってやるから、そのかわり絶対に敵さんに墜とされるようなことはしてくれるなよ。」
そんな、息の合った二人が基地を飛び立ったのは、昼も過ぎてからの事だった。
敵基地には日没前に到着し、夜陰に紛れて帰還するというベテラン搭乗員にしか許されない偵察だったんですよ。
て、いうのもね当時の航空機にはGPSなんてものは無いわけですからねぇ、地図の上に定規でもって線を引くわけだ。
東に何ノットで何時間飛んだから何km東に移動した・・・次は南に・・・といった感じですよねぇ。
自分の現在地と、帰る方向はこの地図とコンパスだけが頼りなわけですよ。
夜ともなれば、海の上は真っ暗。
真の闇ですからねぇ・・・星なんかを除いてはなんの目印もないわけですから、いかに危険かがお分かりになると思います。
現在位置を見失ったら相当運良く陸地にぶち当たらない限り、彷徨った挙句燃料切れで海の藻屑というわけだ。
でね、かなりの長距離を飛んだものの敵にも発見されず敵基地の偵察を終えた二人は帰りの途についた。
山下さん、機内電話でもって岡田さんに連絡する。
「岡田さん、大成功ですね!これより基地に帰還します」
岡田さんの元気な声が返って来る。
「敵基地の写真もバッチリだ!帰り道もちゃ~んと記録してるから俺の指示通りに行ってくれ!進路270で固定、無事送り届けてくれよ、ヤス!」
この偵察機ですがね、操縦席と偵察席は結構離れているんですよねぇ・・・飛行機の後ろと前に席があるわけだ。
なんで、お互いの顔を見ることはできないもんでね、連絡は機内の電話でもってするわけですよねぇ。
太陽が大分西に傾いた頃・・・突然岡田さんの叫び声が響いた。
「敵機後ろ上方!急降下ー!!」
同時に機銃の発射音が耳をつんざくように聞こえてきた。
ズガガガガガガガガガガガガガガ!
どうやら2機編隊の敵につけられていたらしい。
自分達の後ろ上方から1機が急降下してくるのが見えた。
山下さん、敵の両翼が機銃発射の閃光でパパパッと輝いたのを見るや、ラダーペダルをガンッと蹴りつけて機体を横滑りさせた。
敵の機銃弾の束が横スレスレを通り過ぎてゆく。
同時に岡田さんの放った弾丸が敵機に命中したらしく、敵は黒煙を噴きながら急降下して離脱した。
「やったぞー、ヤス!もう一丁来るぞ!!」
残りの一機が急降下を開始した。
山下さん、先ほどと同じように敵の発砲を待った。
敵はベテランらしくなかなか発砲して来ない。
そして、かなりの近距離から射撃を開始したんです。
でも、山下さんもベテランですからねぇ・・・避ける自信があった。
山下さんが機を横すべりさせると、敵機がガーーーーーーーッと轟音を轟かせながら通過していった。
と、同時にガン!ガン!ガン!ガン!!機体に衝撃が走った。
「うわぁあー!」
岡田さんの叫び声。
(まさか被弾した!?)
山下さん信じられなかったが、どうやら敵はかなりの腕を持っていたらしく、一回目の山下さんの回避機動を見て、点での射撃をせず弾を散らした面での攻撃をしてきたらしい。
そのため被弾は数発に留まったようだったし、操縦に影響は無かった・・・計器も正常値を示している。
山下さんホッっとしたが、すぐに機体を近くの大きな雲の中に突入させて隠れたんです。
・・・そういえば、岡田さんは大丈夫だろうか?さっきの叫び声、まさか・・・山下さん岡田さんに声をかけた。
「岡田さん!大丈夫ですか?」
・・・少しの間をあけて岡田さんの声がする。
「ああ・・・大丈夫だ・・・ちょいと炸裂弾の破片でカスり傷を負ったがな・・・こんなもんはどうということはない!おい、ヤス!よく逃げ切ったな!被弾したのは残念だが・・・よくやった!さあ、帰ろう。」
元気そうな岡田さんの声に、山下さん心底安心したそうですよ。
「ヤス・・・進路247だ。」
「了解!進路247」
「ヤス、もう日が暮れるなぁ・・・俺は少し疲れた・・・少しの間眠らせてくれ、なぁーに帰りの案内はちゃんとするから心配するな。」
「分かりました、寝ぼけて方向間違えないで下さいよ!」
雲から出るともう日は暮れて辺りは真っ暗になっていた。
敵機も諦めたらしく周辺に気配は無い。
1時間程飛ぶと、疲れが出て山下さん眠くなって来た。
ほんの少しウツラウツラしてしまったんですがね、すると・・・すぐ耳元でもってねぇ。
「ヤス!操縦者が寝ててどうする!」
岡田さんの激が飛ぶ。
「良く寝てたのわかりましたねぇ!」
「俺は何でもお見通しさ、ヤス!そろそろ針路変更点だ。進路141で固定しろ。」
「はい!進路141、了解!」
もしも自分だけならばまず不可能であろう闇夜の帰還も、岡田さんの的確な航法で順調だった。
・・・やがて水平線の彼方に黒々とした島影が見えてきた。
「岡田さん!島が見えました!!もうすぐ基地に到着ですね。」
「・・・ああ、ヤス・・・良かったなぁ。帰ってこれたなぁ。」
岡田さんの嬉しそうな声が聞こえた。
飛行場に近づくと、エンジン音に気付いた基地隊員たちが外に出てきて松明でもって即席の着陸誘導灯をこしらえてくれていた。
ランディングギアを出し、滑走路に接地すると、岡田さんの声がした。
「ヤス、おつかれさん!ありがとうな・・・貴様のお陰で帰ってこられたよ。また、一緒に飛ぼうな。」
その時、山下さんポンと肩を叩かれた気がした。
帰還の安堵感で疲れがドッと出てボンヤリとした意識の中、基地の隊員が駆け寄って来る様子が見えた。
皆、笑顔で騒ぎながら走っている。
「いや・・・岡田さんが居なかったら・・・自分だけでは生きては帰れませんでしたよ・・・」
その時、騒いでいた隊員達がシーンと静まり返った。
山下さん、おや?と思ったんですが、とにかく疲れていたので早く眠りたかったそうですよ。
やがて操縦席の風防が開かれ、隊員の一人が顔を突っ込んできて悲しい顔で言った。
「山下、お帰り・・・岡田さん、残念だったな・・・だがお前だけでも帰れて良かった。」
山下さんねぇ、何言ってんだっ!てムッとしたそうですよ。
こんな時に失礼な冗談言うなってねぇ・・・。
でもねぇ、なんだ~か様子が変なんで、山下さん操縦席を出て後席に向かったそうですよ。
・・・すると、岡田さん後席で冷たくなって亡くなっていたそうです。
敵の弾丸が腹を貫通していましてね、足元は血の海だったそうですよ。
軍医の話によると、岡田さんが亡くなったのは大分前で・・・時間を逆算すると、おそらく日没付近であったということです。
山下さん、そんなはずはない!岡田さんは着陸するまで自分に指示を与えてくれていた!だから自分は帰れたんだ・・・と食い下がったそうなんですがね、軍医はありえないと首を振るばかりだったそうですよ。
山下さん、後から思ったそうですよ・・・きっと岡田さんは亡くなった後も俺の事が心配で、ずっと側についていてくれたんだと。
着陸の時、肩を叩かれたのは・・・あれは岡田さんの別れの挨拶だったんじゃないかと・・・。
・・・そんな私ももう88歳になりましてね、もうすぐ先に待ってる岡田さんに会えるんで、ようやくあの時のお礼が言えるんですよ。
山下さん、微笑んで話してくれましたよ・・・。
不思議な話ですよねぇ・・・戦場という極限状態の場所にあっては、どんな事が起きても不思議はないんでしょうが・・・アタシこの噺、なんだか嫌な気はしないんですよ。
軍人さんらしいというか・・・男の優しさというかね、なんか胸に熱いものが込み上げてくるんですよねぇ。
いかがだったでしょうか?
今夜のお噺はここまでです、また次回お会いいたしましょう。