拡張型心筋症に新治療法
- 「無縫製・穴開きネットを活用」
- 酸素取り込む能力が改善
心臓の筋肉が薄くなって収縮力が低下し、末期になると心臓移植でしか助からない拡張型心筋症。拡張した心臓を、患者の心臓の形に適切に合わせて作ったネットで覆い、圧迫して収縮力を取り戻す新しい治療法を、名古屋大学病院心臓外科の秋田利明特任教授が開発しました。これまでに4人の患者に手術を行い、スポーツや仕事に復帰できるまでに回復した人もいます。
心臓移植待機患者の約6割を占める病
拡張型心筋症のうち、高血圧や心筋梗塞といった特定の原因が見つからない「特発性拡張型心筋症」は、国の指定難病で、2021年時点で約1万9千人の患者がいます。
全身に血液を送り出す左心室の筋肉が次第に薄くなり、送り出す血液量を確保するために、左心室が拡張します。
発症のピークは50代で、息切れや呼吸困難を伴います。さまざまな薬物治療でも改善しない場合、補助人工心臓を埋め込み、制御装置や電源を入れたバッグを身につけ、24時間の付き添いが必要になります。
心臓移植待機患者の約6割が拡張型心筋症ですが、脳死での臓器提供者が少ないため、移植に至らず死亡する人も少なくありません。
1990年代には、心臓の筋肉の一部を切り取って縫い合わせ、拡大した左心室を縮める「バチスタ手術」が広がりました。しかし、長期的にはポンプ機能の低下が避けられず、米心臓協会は、2009年の指針で推奨しないとしています。
きっかけは新聞記事 立体的製品の“自動編み機”
欧米でも患者が多いこの病気。2000年代からネットで心臓全体を覆って手術中に大きさを調整し、心臓への圧力を高める製品が欧州で認可され、米国で臨床試験（治験）が行われました。しかし、肺に血液を送り出す右心室も丸ごと覆ってしまうため、左心室に必要な圧力をかけると、右心室の動きに支障が出たり、右心室の圧力を弱めると左心室への圧力が不十分だったりというジレンマを、解決できませんでした。
06年、縫い目なしで立体的なニット製品が編める、島精機製作所（和歌山市）のコンピューター編み機の新聞記事を目にした秋田さんは「心不全患者の心臓画像を基に設計すれば、患者の心臓の形に適したネットが作れるのではないか」とひらめきました。主任教授に就任した金沢医科大学で研究を重ねるうち、ネットの右心室の部分を穴のように大きく開ければ、動きが窮屈にならず、左心室だけ圧迫することができることを発見しました。
テーラーメードのネットを患者の心臓に専用器具を使って装着する時間は、わずかに数分。左心室の形が整うことで、左心室からの血液の逆流を防ぐ僧帽弁の働きもよくなり、体に酸素を取り込む能力を示す数値が劇的に改善しました。
1例目の60代患者は、手術4年後でも週2回のバドミントンと週4回のジム通いができるまでになりました。他の3人も心臓機能が改善または維持ができており、仕事を再開したり、遠距離の旅行を楽しんだりしている人もいます。
名古屋大学の秋田利明特任教授が開発した、ネットで覆った心臓の模型（本人提供）
移植や人工心臓に代わる治療法になる可能性も
50代以降の中高年を主な対象とし、健康寿命を5～10年延長できれば、移植や補助人工心臓に代わる有力な治療法になり得るというのが秋田さんの考えです。
名古屋大学のほか、東北大学、東京大学、東京慈恵医科大学、大阪大学で計5例の治験を重ね、24年度からは全国12～15の病院に拡大し、早期の保険適用を目指します。事業化に当たっては、命に直結する心臓ネットの開発に国内の医療機器メーカーが尻込みしたため、自らベンチャー企業を立ち上げました。秋田さんは「手技も簡単で、将来的には地元の病院でも手術ができるようになる。海外展開も検討中だ」と話します。