インドネシア・レンタルスクーターでバリ島一周500km(2022/10/8~10/13)
マレーシアのクアラルンプールからインドネシアのバリ島へ約3時間で空路到着。フライトの機内持ち込み荷物のみのチケット代は589マレーシア・リンギット(約1.8万円)だった。
インドネシアは初めてだった。コロナ禍前なら日本パスポートならインドネシア入国はビザ不要だったが、外人観光客の入国を受入れ開始から空港到着時にビザ(アライバル・ビザ)を買わなければならなくなった。 ビザの料金は日本円で5千円。
空港ATMで手持ちのクレジットカードで現地通貨のキャッシングを試みた。クアラルンプール空港で手持ちの一つのクレジットカードをATMマシーンに飲み込まれ、破壊されて以来、空港ATMマシーンでのキャッシングは少し緊張する。
持っている2枚のクレジットカードではATMマシーンが受け付けず、キャッシングができなかった。祈るような気持ちで3枚目のカードをATMマシーンに挿入したら、現金が出てきた。
荷物がバックパック一つだったので、空港にたむろしていたバイクタクシーに乗り、州都のデンパサール市内(Denpasar)の目星をつけておいたホテルに予約なしで投宿。
バイクタクシーを使って空港から市内へ入って正解だった。 空港から市内に通じる道路は狭いくてほとんどの区間が渋滞していた。バイクの機動性を生かして、すり抜けや追い越しで渋滞をクリアしたが、それでも空港からホテルまで40分~50分程度かかった。
翌日からは待望のバリ島一周ツーリングだ。
レンタルバイクと保険
使用したバイクはホンダの110ccのスクーター。Beatという現地生産されているモデルだった。事前に連絡を取り合っていたバリ島のレンタルバイク・バリからメールで予約したスクーターを滞在先のホテルへ届けてもらった。
レンタルバイク・バリは日本で15年間会社勤務を経験したことがあるインドネシア人の愛称ブラマダ氏が経営している。同氏は日本語が堪能なうえ、日本人のように細かいことまで気が付き対応が良い。レンタル金額も相場並だし、現地のレンタルバイクでは通常備わっていないスマホのホールダーとスマホ充電用のUSBポートもバイクに装備されている。
レンタル料金はモデルによって異なるが、当方が借りたバイクは一日700円に車両保険200円/日をつけ合計900円/日とした。インドネシアでは日本のような対人対物の自動車保険が義務化されていない。 すなわち道路を走行している車やバイクは無保険状態だ。借りたバイクも無保険状態だ。対人対物の保険は無いと言う。
当方が交通事故を起こさないように心がけるのは当たり前だが、もらい事故でも起きて自分自身が負傷した際に日本で加入した海外旅行傷害保険から負傷の治療費がでるか気になった。
と言うのはインドネシアは日本が発行する国外運転免許証(国際運転免許証)
が外国でも有効になるための国際条約(ジュネーブ条約)に加盟していない。つまり日本の国外運転免許証はインドネシアでは有効でないということで、無免許状況と同じだ。
加入している日本の海外旅行傷害保険の会社へ問い合わせした。保険会社は日本の国外運転免許証が実態上受け入れられていれば、負傷の時の治療費用は保険がカバーするとの見解だった。
果たして本当に保険金がでるかどうかは確信が無い。と言うのはインドネシアでは運転免許を保持していない人でも自己責任でバイクを借りれるからだ。そんなことから後日
レンタルバイク・バリのサポートを得て、現地のバイク運転免許証を取得した。

(スクーターの足元に全天候型のバックパックを載せて走行する)
(レンタルバイク・バリを経営するブラマダ氏)
ツーリングルート
バリ島一周のルートは州都のデンパサール~バリ島北東部のアメッド(Amed)~北部のロビナ(Lovina)~南東部のメデウィー(Medewi)~ウブド(Ubud)~デンパサールに戻って来る。 7日間約500kmのツーリングだった。
(バリ島一周のルート図 反時計回りに一周した。ピンク色で文字をなどった場所が宿泊地)
デンパサールは道路が狭い上、車が多いため常時道路は渋滞状況だ。移動にはバイクは便利だが、バイク運転に慣れていない人には怖くて運転できないだろう。 バイクが多い上、バイクの運転者同士が競ううように走行する。走行前方にバイク1~2台分の隙間があれば、他のバイクが入って来る。車間距離をとるという概念は無い。
道路が渋滞していれば、バイクは歩道も走行する。逆走もありだ。正統派ライダーを気取って交通ルールに忠実に走行することは、交通事故を誘発する原因ともなる。
当方も地元ライダーを見習って、他のバイクとの隙間を開けないように、少しでも前に出るように他国では無謀運転となるマナーで走行。それがここでは身の安全のためだ。
デンパサールを脱出すれば、バイク走行は快適だった。車が少ないく道路を走行しているのバイクが圧倒的に多いからだ。舗装道路ながら舗装面がでこぼこしているため、時速50km~60km以上のスピードではバイクがジャンプしまう。
車やバイクの流れは自然と時速50km~60kmに落ち着く。また制限速度も時速60kmになっている。デンパサール以外では信号機がある道路は一切ないので、車の流れはスムーズだ。
ツーリング一日目はアメッド(Amed)泊り。
デンパサールから100kmも満たない距離だった。デンパサールから3時間程で到着する海岸沿いの村だった。道路沿いに集落が点在して、集落の裏側にはバナナの木やヤシの木が点在する畑が広がり、農作業している人がいる牧歌的な風景だ。時間がゆっくり流れ都会の喧騒を忘れさせてくれる癒しの場所だろう。
(アメッドへ向かう途中の棚田)
(アメッドで宿泊した民宿の裏。朝5時台の涼しい時間帯に畑仕事を始めていた人の姿があった。日中は暑いため休憩)
(アメッドの集落。観光化が進み設備は整っていた。)
民宿をおもに利用
バリ島の民宿は整っている。外人観光客が主な顧客層のため、部屋は広く経営者は流調ではないが、英語を話す。料金は100,000ルピア(約千円)~150,00ルピア(約1,500円)でバスルーム、エアコン付きだ。
家の造りが気に入った。中庭があり、部屋には窓が無い外廊下のようなベランダがある。裏の畑や海などを見ながらベランダの椅子でゆっくりくつろげる。アメッドの田舎風景が気に入りもっと滞在してもいいなと思うほどであった。
(ロビナのホテルの客室とベランダ)
(ウブドの民宿はひっそりとして趣があった。宿の主人はおっとりした人だった)
(デンパサールの観光化が進んだリャガン地区の民宿)
アメッド~ロビナ(約100km)
アメッド(Amed)から島の北部を海岸線沿いに走り、次の宿泊地である約90km先のロビア(Lovina)を目指す。交通量が少ないので走り易い。海岸沿いはすこし崖となっている。登坂と下り坂の起伏とワインディングの道路は西伊豆の海岸沿いの様だ。ただ西伊豆程の起伏は無い。
問題は休憩する場所があまりない事だろう。インドネシアにも日本のコンビニのような店が多いが、日本のコンビニ同様椅子が置いていない。冷たい飲料を買っても立ち飲み位しかできないのであまり休憩した感じがしない。
街道沿いの食料品店(日本でも昔あった食料品を中心とする小規模の雑貨を販売)で冷たいアイスを買い求めた。40歳ぐらいの男の店主が、当方を日本人だと知ると英語で話しかけてきた。
雑貨店の店主が英語を話せるとはスゴイと感心していると、本人はNYK(日本郵船)運行の大型船の乗組員と約15年間船員をしていたと言う。豪華客船にも勤務したことがあり、日本の都市に寄港したと言う。
年老いた両親の面倒を見るため、故郷に帰り家業を継いでいるとのことだった。強面な顔をしていたが、心優しい男だった。
(NYK=日本郵船運行の大型船で船員をしていたと言うニューマン氏は地元の食料品店を継いだ)
州都のデンパサールやその付近のリゾート観光地程では無いが、このあたりでも欧米系の観光客の姿が目立つ。
ロビナでは2軒目のホテルで投宿を決めた。10月は季節が乾季から雨季に移り変わる端境期で観光シーズンが下り坂のようだ。宿泊観光客が少ないようだ。このホテルは家族経営らしく部屋代の融通が利く。インターネットの大手宿泊予約サイトで部屋を事前予約するとホテル側は宿泊予約サイト運営会社に手数料を支払わなければならない。Booking.comの場合は部屋料金の3割の手数料を支払うと聞いたことがあった。
宿泊予約サイトを通さずに直接来てくれる宿泊客は有難い。宿泊予約運営会社へ手数料を支払わないため、部屋代の値引き余地がある。
走行距離が100km程度ほどだと目的地には午後の2時頃に到着する。それ以降になると
にわか雨に打たれる可能性が高くなる。一日の内、午後から夕方、あるいは夜ほぼ毎日雨が降った。午後の3時前には投宿できるよう心掛けている。
(火山島であるバリ島は富士山型の山もある)
(ロビナの村の入口門)
(バリ島の人口の9割はヒンズー教徒だ。民家を囲む塀の内側には寺院のように灯篭のようなヒンズー教の祭壇がある)
ロビナ~メデウィー(約130km)
ロビナ(Lovina)から次の目的地はメデウィー(Medewi)だ。アメッド、ロビナ、メデウィ等はレンタルバイク・バリのオーナーであるブラマーダ氏の推奨だった。当方はバリ島の事前知識が無かったため、是非とも行きたいと場所が無かった。
バリ島に来る観光客には浜辺でサーフィンを堪能したい人が多いだろう。家族ずれの観光客は一ケ所に滞在してのんびり過ごしたいだろう。当方は毎日宿泊先を替えているのでバリ島には向かない観光客だろう。
メデウィーのビーチは遠浅で波が比較的高いため、サーフィンをする観光客が多く集まると聞いた。しかし、今にも雨が降り出しそうな夕方のビーチにはほどんど人影はなかった。
海が近くに見えるサーファー宿に泊まった。周囲に人気がない畑の中のバンガロー風の民宿だった。夜になると辺りは真っ暗だ。宿のオーナーは自宅に帰ってしまい、バンガローには宿泊客しかいない。波の音しか聞こえない静かで落ち着く場所だが、夜はすこし心細くなる。
(バリ島には街路樹がある道路が多い)
(民族衣装をまとったヒンズー寺院管理事務所のスタッフ)
(メデウィーで投宿したバンガロー風の民宿)
(雨の後だったためか少し寂寥感が漂う夕方のメデウィーの海岸)
メデウイー~ウブド(約110km)
ウブドは島の中央部の位置する山岳部の湖やヒンズー教寺院が多く集まるバリ島の山側観光の拠点だ。デンパサール方面に向かって動いているため車の交通量が多くなる。島北部のような快適なツーリングではない。ところどころ渋滞がある区間では車と車の間のすり抜けや上り坂で低速になったドラックの追い越しを行うためバイクの運転に緊張感がでる。
ウブド周辺に至っては狭い道路が車であふれて、ほどんど交通が動かない。ウブドには芸術家が多く住み、バリの伝統舞踊をはじめとする伝統音楽や伝統芸術が盛んな町と聞いた。ウブドの中心地区はひと昔前の夏の旧軽井沢のように多く歩道に溢れんばかりの観光客で賑わっていた。
この町が如何に観光で成り立っているかが観光客相手の店の多さや、宿泊施設および飲食店の多さから伺い知ることができる。
(海の中の小島にヒンズー教の神が降臨したことを祀るタナロット寺院は観光名所)
(ウブドの祭り)
(ウブド市内)
ウブド~デンパサール
ウブドとデンバサール間は二十数キロメートルの距離しかない。ほとんどの区間は民家と民家の間を通る狭い生活道路となっている。その生活道路は車で渋滞している。この区間のバイク走行はストレスが溜まる。車での移動ではバイクの2倍以上の時間がかかるだろう。
日本の地方都市の郊外で田畑の中に住宅や集落が続くような景色だから、印象に残るような景色ではない。バイク走行中は前方と後方に注意を集中していたので、周辺景色を楽しむ余裕は無かったのだが。
デンパサールに戻るとレギャン(Legian)地区に投宿。デンパサールの延長といった位置だが、外国人観光客が多く訪れる地区でもあった。夜はお祭りでもあったかのように大音響の音楽が宿でも聞こえ、その音楽が深夜まで続く。若者には刺激的な地区かも知れないが、当方向けの場所では無かった。
(喧騒のデンパサール・レギャン地区)
(デンパサール・クタ地区=外人観光客が多い場所の日系百貨店)
(高級リゾート地となったデンパサール・スミニャックの海岸線は10kmと長い)
バリ島は1960年代後半にインドネシア政府主導で大型観光リゾートに向けて観光開発に着手したと言う。その後バリの成功は東南アジアの観光リゾートのモデルとなったようだ。
その観光規模は島民約480万人の半分が直接および間接的に関連を持つと言う最重要産業として表れている。
バリ島を一週間で足早にツーリングを終え次の目的地のスラウェシ(Sulawesi)島へ飛行機で移動する。
(デンバサールの空港の南に位置するバトウーン半島は高さ70m位の断崖絶壁の海岸線だ)
以上

























