アビジャン(コートジボアール)滞在~ガーナ入国~首都アクラ (2019/6/15~6/21) | インベストメントライダーふるさんのブログ Investment rider Seiji Furuhashi travelling around the world by motorcycle

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オートバイで世界を駆け回るインベストメントライダーを目指す個人投資家。
オートバイでのユーラシア大陸横断と南北アメリカ大陸縦断、アフリカ大陸とアラビア半島横断、東南アジア・インド・中近東を走行後、2024年4月~5月オーストラリアツーリング。

2019/6/15()6/17(月)アビジャン4連泊 西アフリカ証券取引所等見学

 

アビジャンはフランス語圏西アフリカ諸国の中心地と言うことで注目していた。特にUMEMOAと言うフランス語圏の8ヶ国(コートジボアール、セネガル、マリ、ブルキナファソ、トーゴ、ベナン、ニジェール、ギニアビサウ)で西アフリカ経済通貨同盟を結成している。

 

ちょうど欧州の共同通貨ユーロに似た通貨同盟で域内8ヶ国では共通のセファー(CFA)という通貨を使用する。 セファーは655CFA/ユーロに固定されており、紙幣はフランスで印刷されている。

元々セファーはフランスフランと固定為替レートで交換可能だったが、欧州が2000年にユーロに切り替わった際にユーロとの固定相場になった経緯がある。

 

アビジャンの中心部はミニマンハッタン(アメリカ合衆国のニューヨークのマンハッタン)と呼ばれるぐらい高層ビルもあり、経済活動が活発な様子が伺われる。 このアビジャンに通貨同盟の西アフリカ諸国8ヶ国の共通の西アフリカ証券取引所(BRVM)がある。 自称インベストメントライダーである以上、アフリカではこの証券取引所は訪れておきたい証券取引所の一つだった。

(高層ビルが立ち並ぶアビジャン中心部)

(西アフリカ証券取引所があるアビジャンの金融街)

 

アポイントは無かった。同証券取引所へ行き、広報の人と話をしたいと面談を申し込んだが、「メールで問い合わされたし」と言われ門の守衛詰め所から先へ入れない。せっかくここまで来たのだから当方は「はいそうですか」と諦めるわけにいかない。 守衛とグーグル翻訳を介して話すが進展しない。そこへ英語が出来る取引所スタッフが通りかかり、協力を求めた。

 

米国大手証券会社のリーマン・ブラズーズやスミス・バーニーに勤務経験がある中年の役員が面談に応じてくれた。 学生時代も含め米国で30年過ごした後に帰国して取引所の役員をしていると流暢な英語で説明してくれた。当地はフランス圏なので、英語を流暢に話す人は珍しい。

(西アフリカ証券取引所=BRVM)

 

(面談に応じてくれた西アフリカ証券取引所の役員)

 

西アフリカ証券取引所の上場銘柄数は45社。市場の時価総額(45社の株式の総額)は約1兆円(100億米ドル)で大手の銀行や通信会社で占められている。 時価総額最大の会社はSonatelと言うセネガルの通信会社だと言う。

 

上場45社の内、35社がコートジボアールの会社だ。 通貨同盟8ヶ国のGDP(国内総生産)の4割をコートジボアールが占める様にコートジボアールの経済力が突出している。

 

まだ、個人投資家層は育っておらず、欧州や米国を中心とする外国の機関投資家が主だった投資家のようだ。市場規模は小さいが、30の証券会社と18の資産運用会社が軒を構えるというから体制は出来ているようだ。

 

日本のジェトロがアビジャンに事務所を構えている。同事務所でもコートジボアールについて教えてもらった。やはり西アフリカ諸国の優等生ということで近年は年率8%前後の経済成長率が続いている。 

 

しかしながら、フランスの植民地だった歴史的経緯からフランス系企業が牛耳る市場だ。日系企業は11社しか進出しておらず、単独の現地進出で成功するのは難しいようだ。 ただし外国からのコートジボアールへの経済支援では日本の存在は大きい。日本の政府援助(ODA)の金額が米国に次いで2番だという。

 

アフリカには経済成長のポテンシャルはあるのだが、民間部門では資金不足なので政府の役割が大きいのだろう。 港湾、道路等のインフラ整備が必要だ。大都市でも道路に交通信号がほとんどない。信号を設置する等の交通インフラを整備すれば交通渋滞や交通事故の緩和に役立つだろう。 

 

ただし、政治(政権)が安定しないと海外からの投資資金も入らないため、政治の安定が必要不可欠だ。来年(2020年)は同国の大統領選が予定されている。

 

投宿先の管理人(コートジボワール人)はなかなか気の良い若者だった。 夕食の材料代を渡して夕食を作ってもらった。

当方が2人分の材料代を払い、管理人の若者が材料の買い出しと、料理を作ってくれる。 最初の2泊は外食で済ませたが、好きなものが食べられない。そこで、この若者に次の2夜はスパゲッティーとチキンカレーを作ってもらった。

(アビジャンの宿 Villa Residence Inovalisには宿の名前が出ていない民家のような建物)

(宿の管理人)

 

4連泊中にこの先の通過ルートと大体の日程計画を立てる。次の訪問国であるガーナの首都アクラではアンゴラのビザを申請する予定だ。また、その先のベナンの首都コトヌーではガボン、コンゴ共和国及びコンゴ民主共和国のビザ申請を考えている。

 

ビザ申請にはそれぞれの国の旅行日程や宿泊先の予約確認書コピーが要求されるため、それなりの体裁の旅行日程表が必要だからだ。

 

雨が降るとそんなに暑くならないのは意外だった。 4連泊中に終日雨の日があった。本降りの雨だった。 日本の梅雨寒までとはいかないまでも、半そでシャツでは少し寒く感じた。やはり海が近いからだろう。ただし、晴れると湿度と気温が一気に上昇して日本の汗だくな夏日のような天気になる。

(アビジャン市内)

(博物館=Musee des Civilisations de Cote D'lvoireはお面や木彫り像の展示物が主。ただし展示品数は少なかった)

 

2019/6/18(火)アビジャン~ガーナ入国~セコンディ・タコラディ(Secondi-Takoradi) 340km

 

(コートジボアールのアビジャンからガーナ・アクラまでの区間地図)

 

国境越えはいつも気を遣う。出国や入国の手続きは簡単だろうか? 国境は混んでいないだろうか? 無理なお金の要求はないだろうか?等。

 

アビジャン市内から海側へ向かう橋が有料道路になっている。ゲートを通過できるだろうかと料金所の手前で立ち止まったが、既に高速道路内にはいっており、料金所ゲートを迂回するような隙間や道はない。 

 

「失敗した」としばらく考え込んだが、料金所ゲートでお金を払って通過するバイクが現れた。

心配は杞憂に終わり、お金(500CFA=約100円)を支払って料金所を通過する。

(アビジャン付近の海岸通り。海風で涼しい)

 

アビジャンから大西洋の沿岸に沿って西へ向かいガーナとの国境までの距離は約190kmあった。コートジボアール側の国境の町ノエ(Noe)からガーナ側は国境の町エルーボ(Elubo)へ入る予定だった。

 

国境手前10km程の田舎道で突然当方のバイクのエンジンがストップしてしまった。ガソリンはまだあるし、特にエンジントラブルの前兆は無かった。

 

 周囲に民家等が無い田舎道のど真ん中であったが、大型トレーラーが一台止まっていた。トレーラーの荷台からは荷物がトラック横に降ろされていた。たぶんエンジントラブル等何らかの理由で走行不能となり、荷物を他のトラックに載せるための準備をしていたのだろう。

 

エンジントラブルやパンク等で幹線道路の路側帯に止まっている大型トレーラーの姿はアフリカでは日常茶飯事だ。トラック自体がかなり老朽化している上、積載制限を遥かに超過した貨物を運ぶためエンジンや車体にはかなりの負荷がかかっているからだろう。

 

困った。 原因が判らない。 この先どうなるのだろうかと思いつつ、トラックの運転手に「エンジントラブルだ」と言うと、運転手が寄ってきて当方のバイクをいじり出した。 雨天の中だった。

 

トラック運転手が真っ先に疑ったのが、エンジンの点火プラグだった。 点火プラグに電気が通じているキャップをプラグから抜き去ると、口で電極キャップ内に強く息を吹き込み、キャップ内の水分を取り除こうとしている。

 

雨天走行のため、電極キャップ内に水分が溜まっていた。水を息で弾き飛ばして、点火プラグに電極キャップをかぶせるとエンジンがかかった。助かった。 

 

アフリカのトラック運転手は大体の故障は自分で直している。 雨の中でエンジンが急に停止した症状から、漏水のため点火プラグに通電していないだろうと疑ったトラック運転手の見立てには敬服した。

 

(コートジボアールとガーナ間の国境の川。雨期のため川の水量は多い)

 

コートジボアールの出国とガーナ入国手続きは簡単だった。それぞれ約30分程度で済んだ。

 

以下コートジボアールのNoe国境の出国手続き:

 

国境ゲート直前に(約150m手前)に警察(Police)の建物があるので、ここでパスポートに出国印を押してもらう。

 

警察の建物の約100m先(国境ゲートの直前)にあるバスの車庫のような建物が税関(Douanes)となっている。同建物2階でカルネに出国印を押してもらい手続きは終了。

 

ガーナ入国手続き:

 

国境の橋を渡るとガーナ領になる。ガーナ領に入ると直ぐ(ゲートの30m程度)右側横奥へ続く誘導路の先に入国管理事務所(Immigration Office)と税関(Customs)がある。

 

ガーナは西アフリカ諸国では唯一の英語を公用語とする国だ。書類が英語なので判り易い。係官は流暢な英語で話す。 入国管理事務所に備えてある入国カードに記入の上、パスポートを差し出せば5分程度で入国印を押印してくれる。もちろん事前にガーナビザを取得してることが前提だ。当方は事前に東京でマルチのビザを取得していた。

 

入国管理事務所の係官へ「一ヶ月間の滞在期間が欲しい」とお願いすると、60日間の滞在期間がもらえた。 ただし、ビザ有効期限は発給から3ヶ月間のため、約一か月後の7月中旬にはビザが失効してしまう。

 

入国管理事務所の横の税関ではバイクのカルネを要求された。

JAFの書類ではガーナはカルネ有効国とはなっていないが、コートジボアールと同様ガーナも通関にカルネを使用する。

 

カルネに押印してもらえばバイクに関わる全ての手続きが終了する。

手続きを終了して道路へ出る際には、コートジボアールから来た誘導路(元来た誘導路)に引き返してはいけない。入国管理事務所・税関から先へ進むように道路に出なければならない。 

 

ガーナ入国事務所・税関を出て先に500m進んだ沿道に銀行が2つ軒先を並べてある。 Eco BankGCBと言う銀行だ。GCBではVISAカードのキャッシングが機能しなかったが、Eco Bankでは機能して当面の現金を工面した。

 

国境の町からガーナの内部へと進むとガーナが豊かな国であることが判る。 沿道の家がコンクリートになっている。屋根も藁ぶきから亜鉛トタンになっている。 またコンクリートの塀に囲まれ広い敷地内に23階建ての大邸宅も沿道沿いに点在している。

(ガーナの村。ヤシの木が多い)

 

(このような大邸宅が点在する)

 

宿泊地のセコンディ・タコラディ(Secondi-Takoradi)へ到着したのは日没後だった。街灯はあるが光を灯していないので真っ暗闇の町中を目星をつけていたホテルへと向かうが、間違ってちょっとしたホテルのような大きな邸宅へ入り込んでしまった。

 

目星をつけていたホテルは大きな邸宅の隣だった。日本からバイクのライダーはめずらしいということで、同邸宅の主人と話し込んだ上、夕食までご馳走になった。

 

邸宅の主人は建設会社の経営者だった。ガーナにはビジネスチャンスが多いと、会社の先行きに自信を持っている。 ただし、事業資金の銀行借り入れが容易ではないため、アイルランドの会社と組み資金面を工面しているとのことだった。

(迷い込んだ邸宅と会社経営のオーナー)

 

(投宿したWhyte View LodgeHotelは丘の上だった。 一泊朝食付き150セディ(約3,200円)WiFiはあるが通じにくかった。)

 

(Whyte View Lodgeのテラスから眺め)
 

 

2019/6/19(水)セコンディ・タコラディ~ガーナ首都アクラ(Accra) 236km

(セコンディ・タコラディ市内 3階建ての建物で家並みが揃っていた)

 

宿に東洋人がいる。 中国の青島市から出張中のトラック用タイヤのメーカーの人達だった。

100km程内陸で中国系企業が鉱山開発をしているという。その鉱山現場で使用しているトラック向けのタイヤを納める仕事だという。 この人達から首都アクラに近い港町には中国人が8千人いるとも聞いた。  

 

前夜夕食をご馳走になったガーナ人のビジネスマンに複数の中国系企業が違法の金採掘を行っているという話を聞いた。 地主にお金を支払い鉱山開発を進めるも、政府の認可は得ていない違法操業が多いと聞いた。

 

すべてが違法鉱山開発ということは無いと思うが、中国企業の活発な商業活動には驚く。

 

セコンディ・タコラディからガーナの首都アクラまでの道は片側一車線の対面通行だ。 途中の町や村の中心部を通る主要道路(国道1号線)のため、町中では自然渋滞となる。 ただし、一旦郊外へ出れば快適なライディングだ。 この区間は有料道路になっているが、バイクは無料だった。3カ所料金所があったが、料金所窓口の人はバイクはお金を支払わずに先へ進めと合図してくれる。

 

首都に近づいているためが、検問が多くなる。4回くらい軍隊のように小銃と鉄製ヘルメットで身を固めた警察官から停止を命じられ、にこやかに職務質問された。

 

お金等の要求は無いが、中には日本へ行きたいがビザを取るための招待状を出してくれないかと頼み込んでくる警察官がいた。 そんな警察官へは「招待状の依頼は私事だが、当方をこの場所に留め置く理由は何か?」と言うと警察官はそれ以上何も言ってこなかった。

 

首都アクラ市内に入ると車の運転が荒い。とくにトロトロと呼ばれるミニバンサイズの小型の乗り合いバスが危ない。 運転手は周囲を見ていない。道路沿いの乗車しそうな旅客を探して急に止まったり、発進したり、進路を変えたりする。しかも、小型乗り合いバスの数が多い。

 

投宿はOmanye Lodge Guesthouse (朝食付き一泊223セディ=41米ドル=約4,600円)Wifi、温水シャワー付きの個室。門がある敷地内駐車場あり。

(小さな水田地帯。田植え前の水田もあった)

 

(道路脇でスイカを販売する少女。ここでスイカを割ってもらい水代わりとして食べた。 約1/4カット食べで5セディ=約100円渡した)

(ガーナの海岸=ゴールドコーストとかつては呼ばれた)

 

2019/6/20(木)アクラ2泊目 アンゴラビザ申請のための書類準備

 

アクラではアンゴラのビザを取得するため、約10日間滞在予定である。

 

アンゴラ大使館でビザ申請書類を確認するため、申請時の書類であるアンゴラでの行動日程表や理由書等を宿で印刷しようとするが、宿の受付で使っているパソコン用OSが古い。

 

マイクロソフトのWindows2000だ。 ワード形式の理由書は印刷できたが、エクセルフォームの日程表が印刷できない。 また、電子メールで受信したホテルの予約確認書の印刷もできない。

 

 

宿近くの4つ星ホテル(Fiesta Royale Hotel)のビジネスセンターまで行って印刷したが、ここでも簡単に印刷は出来なかった。

 

原因は分からないが当方のスマホ(携帯電話)からホテルのビジネスセンター内のパソコン端末へ転送したメールの英文内容が文字化けするのだ。 スマホの言語設定を日本語から英語へ変更したら、何故か文字化けが解消した。

 

書類が準備できたのが昼過ぎになってしまった。アンゴラ大使館の業務時間を過ぎてしまったが、大使館の守衛所の電話口から領事部の係の人と話せた。 

 

領事部の係の人は本日はビザ申請受付の日ではないので、受付日の来週月曜日に問い合わせてほしいと簡単に面談の申し込みを断れてしまう。 当方が 申請の前に手続き方法や必要書類を確認したいので是非とも相談したいと強くお願いして、翌日(金曜日)のアポイントを取り付けた。

(在アクラのアンゴラ大使館)

 

投宿中の宿の受付嬢の処遇は月額400セディ(8千円強)と言う。 週休2日で7時間~8時間/日の労働時間だ。ただし宿泊客10名以下のため、日中はスマホをいじり暇を持て余してる。民宿レベルの施設の割には宿泊代が受付嬢達の給料の半月分と同じでは高すぎると感じた。

 

アクラでは10連泊ぐらいと長期になるため質と価格が均衡したリーズナブルな宿へ翌日替わることにした。

 

2019/6/21(金)アクラ3泊目 ガーナ証券取引所訪問

 

アクラにはガーナ証券取引所がある。ガーナは西アフリカではめずらしく英語を公用語としてる。英語を公用語とする西アフリカの国は同国とナイジェリアの2ヶ国しかない。

 

ナイジェリアは人口2億人弱を擁するアフリカ大陸最大の経済大国だが、ガーナは3千万人弱だ。ほぼコートジボアールの人口と同じで経済規模も似ている。 米国の著名投資家であるジム・ロジャーズが同氏著作の本にガーナでの株式投資に触れていたのでガーナ証券取引所には興味があった。

 

1992年設立のガーナ証券取引所には38銘柄(会社)が上場されている。(主要市場33社と中小企業むけのオールタナティブマーケット=日本の東証マザーズのような市場で資本金25万セディ=約500万円で上場可能が5社)

 

上場会社の中にAnglogold Ashantiという金を採掘する鉱山会社がある。当方は会社員時代の90年代前半に当時駐在していたスイスのチューリッヒで同社が新規公開した際に同社株式をスイスの機関投資家へ販売したことがあった。 25年以上前のことであったのでAshanti社がガーナ証券取引所の上場の会社であることをすっかり忘れていた。何か懐かしさを感じた。

 

ガーナはかつてゴールドコースト(黄金海岸)と呼ばれていたぐらい金の埋蔵が多い。

上場会社38社中、金鉱山の会社はAshantiも含め2社ある。また金のETF(金価格に連動した証券)も証券取引所に上場されている。

 

市場の時価総額はアビジャンの西アフリカ証券取引所に似て1兆円強となっている。個人投資家、機関投資家、外人投資家と多様な投資家層が存在するとのことだ。 取引単位の100株でも300セディ(約6千円)程度にしかならない株式もあるので、個人でも容易に投資できるという。 

 

ガーナは他の西アフリカ諸国よりは政治が安定しているのが強みだが、市場の流動性は低いと取引所のスタッフが説明してくれた。

(アクラ市内のガーナ証券取引所と応対してくれた取引所スタッフ)

 

(アクラ市内中心部の金融街。一番左側のビル=Cedi Houseの5階に証券取引所が所在)

 

前回エンジンオイルを交換したセネガルのダカールから約3,400km走行している。 主にオートバイや車でツーリングする人のためのOverlanderというスマホアプリでAndrew Mechnicsという整備工場があるのを知った。

 投宿宿(Omanye Lodge Guest)から500m程度の近所だったのでエンジンオイルの交換が可能かどうか訪問してみた。

 

看板も無く、門が閉まっているため整備工場とは気が付かず、通りを歩く人たちに聞いて初めて判る民家のようなところだった。ただし門の内部の敷地内には所狭しと修理中の車が置かれまた大型バイクも数台止めてあった。

 

車を専門にした整備工場であったが、オートバイで来た外国からのライダーは当方が初めてということで無料でオイル交換をしてくれた。 Overlanderのアプリを頼りに同整備工場を訪れた外国人は当方で8人目とのことだった。

(オイル交換をした整備工場。 OverlanderのアプリはAndrew Mechnics名で掲載)

 

替わった先の宿は韓国人経営のMaple Leaf Hotel。(一泊素泊まり116セディ=2,300円)本来は一泊350セディ(7,000円)の部屋代だが、中心部から6km程度離れた郊外のためBooking.Comで大幅割引されていた。 ただしWiFiが故障中で、韓国人のマネージャーがWiFi用にスマホを貸し出してくれた)

(Maple Leaf Hotel 韓国人経営のため韓国の国旗が掲げられている)

(Maple Leaf Hotelの部屋)

 

(Maple Leaf Hotel近くの大衆食堂で食べたサバの味噌煮に似た料理とバンクーと言う<ちまき>のような炭水化物のもち。バンクーは塩っぽい味だった。 5セディー(約100円)