3/9(金) サン・ホセ~ラ・クルス(La Cruz)264km
前夜はシャーワー後、19:30にうたた寝をしたまま翌早朝5:30まで10時間も寝てしまった。 随分疲れていたのだろう。
昨夜書けなかったブログ日誌を書いた後、パンケーキの朝食をとる。朝食でパンケーキが出るのは初めてだ。久しぶりのパンケーキに舌鼓うち4枚も食べてしまった。
ボゴタからパナマへの航空券を買う際、パナマ側の事情で航空会社では往復航空券を買わざるを得なかった。 使わない復路航空券をキャンセルして払い戻しを行なおうとするが、インターネットでのキャンセルが出来難くしているのか4回キャンセルを行おうとするが出来ない。
しびれを切らして復路航空券のキャンセルは後回しにして、サンホセを出発。
サンホセは涼しかったが、サンホセから20km下った坂道では、気温が34度~36度まで上昇する。
コスタリカの道路はこじんまりしている。南北を貫いているパンアメリカン・ハイウェイ沿いに植えられている樹木のアーチをくぐって進む。対面通行で片側一車線道路となっている。路肩がないため、バイクを止めての休憩が取りずらい。
サンホセから太平洋の海岸までの80kmは下り坂になる。海岸通りは焼き魚の匂いがして食欲をそそる。夕食には焼き魚が食べたくなってきた。
中南米に来て気が付いたことがある。乾季のためか、ハエや蚊などの虫がいない。
夏のロシアの道路でバイクを止めるとハエや藪蚊が襲って来たが、中米の道路ではハエや蚊等に遭遇していない。
投宿はPunta Descartes(20米ドル=約2,200円)
(サンホセ~ラクルスへの道路)
(マンゴーは一個約50円だった)
(宿から見た夕暮れ時の太平洋)
3/10(土) ラ・クルス~ニカラグア入国~首都マナグア(Managua)150km
前日夜 宿のレストランで持参の醤油をつけて焼き魚定食を久しぶりに食べた。醤油があると焼き魚は旨い。 通常はアルコール飲料を口にしないが、焼き魚が旨かったので地ビールを飲んだ。
久しぶりのビールが効いたのか、前夜の睡眠が浅く眠い。国境越えのため午前8時には宿を出発する。
ニカラグアとの国境ぺニャース・ブランカス(Penas Blancas)はラ・クルスの町から18km先だ。 国境の1km~2km手前から大型トレーラーが100台近く道路に列を作って並んでいる。 大型トレーラーを横目にバイクを前に進めると、大型トレーラーは重量測定の列だった。
国境では手続きを有料で手伝う現地人が複数集まってきた声をかけてきたが、無視してイミグレーションオフィースまで行く。 列に並んでいる人に出国手続きを聞くと、イミグレーションで出国印を押してもらう前に出国税を支払わなければならないことが分かった。
出国税はイミグレーションオフィースとは100mくらい離れた小さな建物で支払う。トラックの陰に隠れてわかりにくい場所だった。 出国税は4,700コロンあるいは8米ドルの現金支払い。
出国税支払い後、イミグレーションオフィースでパスポートに出国印を押してもらう。
その後、税関(Aduanas)でバイク一時輸入許可書を手渡し失効手続きを行なうが、税関の建物が判りにくい場所にある。 イミグレーションオフィースから200m以上離れたラ・クルスの町に一番近い場所だった。
コスタリカを出国してニカラグア領に入ると、また複数の国境手続きお助け人が群がってくる。お助け人を無視して先に進む。
最初に車両のタイヤ周辺の消毒(Fumigacion)を行なわなければいけないなずだが、バイクは不要と言うことでパス。
その後、イミグレーションオフィースへ向かう。イミグレーションオフィース入口で1ドルの地方税を支払い、パスポートへ入国印を押してもらうための列に並ぶ。入国印と同時に12米ドルのツイーリスト・カード代(入国税)をその場で現金で支払う。
その後、警察官がいるイミグレーションオフィースの外のテント(周りに露店が多くて、警察官のテントも露店と間違うほどだ)でバイクをチェックする税関係官を紹介してもらう。 税関係官は外を歩いているが、平服姿なので教えてもらわないと誰が係官か判らない。
係官にバイクを確認してもらい、同係官がバイクナンバーを記入した税関申告書(Declalacion de viajero)に必要事項を記入後、警察官に同税関申告書に押印をしてもらう。
係官からドローンを持参しているかどうか聞かれた。ニカラグアへのドローンの持ち込みは禁止されていると係官は教えてくれた。
その税関申告書をイミグレーション・オフィース奥にあるブースでバイクの一時輸入許可書を作成してもらい手続きは終了。 この時運転免許証の提示を求められた。
ニカラグア入国手続きは比較的狭い範囲に各手続き場所が集まっているので効率よくできた。しかし、やはりその都度次の手続き場所を聞かないと分からない。
コスタリカの出国手続き及びニカラグアの入国手続き自体はスムーズに進んだが、各手続きを行なう場所が判りにくく、場所を探すのに時間がかかり、出国で約1時間、入国でも1時間と国境通過手続きで約2時間かかった。
出国と入国の手続きをまとめると以下の様になる。
A.コスタリカ出国手続き:
1.出国税を緑色の小さな建物で支払う(4,700コロンあるいは8米ドル現金)
2.イミグレーションオフィースでパスポートに出国印押してもらう(出国税支払いの領収書を提示)
3.税関事務所でバイクの一時輸入許可書を手渡して、同許可証の失効手続きを行なう
4.出国ゲートで荷物検査
B.ニカラグア入国手続き:
1.イミグレーションオフィースでパスポートに入国印 (地方税1米ドルとツーリストカード代(入国税)12米ドルを現金で支払う)
2.税関係官にバイクを確認してもらい、同係官から税関申告書(Declalacion de viajero)をもらう。同係官は税関申告書にバイクのナンバープレート番号を記載する)
3.税関申告書に必要事項記入後、広場一角のテントに常駐している警察官に押印してもらう。
4.イミグレーション・オフィース奥の税関ブースでバイク一時輸入許可書を作成してもらう。 尚、バイクの保険の加入の有無に関して問われなかった。また、国境には保険を販売しているような代理店も無いように思えた。
ニカラグア領に入っても、景色はそれほど関わらない。ただ道路周辺に牧場やサトウキビのプランテーションを多く見かけるようになる。
乾季のため牧草は枯れ、放牧されている牛は細っているようだ。
この土地は強風が吹く。強風を利用した風力発電の大型風車を十数基見かけた。
(ニカラグアへようこその看板)
(爆発で頂上部が吹き飛んだ火山)
前夜の浅い睡眠の影響で眠い。 バイクを道路脇に止め、木陰で休憩すると現地人がバイクの周りに寄って来た。外国ナンバーの大型バイクが珍しいのだ。
どこから来たのか、どこへ行くのか、バイクはいくらするのか等聞いてくる。いつもなら丁寧にスペイン語で答えるのだが、今日は疲れと眠気で応対が面倒くさく感じ、英語で軽い対応。
相手は英語が分からないので、会話にならずその場を簡単に抜けられる。ちょっと悪いことをしたなと感じながら走り去った。
マナグアの中心から4kmほど離れた場所に投宿。Hotel San Luis(一泊30米ドル=約3,300円)
3/11(日) マナグア2泊目 今後のルートチェックと市内散策
中央アメリカの国々の知識が全くない。 大雑把な地図を頼りに今後通過する国々の安全状況を外務省のHPで確認する。ホンジュラス、グアテマラ、ベリーズは危険度2で渡航中止の勧告地域だ。
在外日本大使館が作成する現地の安全状況は、殺人、強盗等凶悪な犯罪が多いので要注意との記述しかない。
現地の人たちは隣国のことを良く言わない。「ニカラグアではホンジュラス、エルサルバドル、グアテマラは大変危険な国なので十分注意した方が良い」と警告された。 コスタリカの人たちはニカラグアは危ない国だと言っていた。
悪いことを考えるとどこへも行く気がしなくなる。参考程度に留めておく。
マナグアの市内中心部へ恐る恐る出かけた。観光ガイドの本には旧カテドラル付近は追剥が出没すると警告してあった。
市内中心部には広い通りと広い敷地に建つ低層の建物多い。通りには樹木が多い。
日曜日の昼下がりのため歩行者は少ない。 本来なら歩行者が少ない場所の歩行は安全のため控えるべきだが、周囲を警戒しながら歩いた。 道路や観光名所には警察官が多く一応の治安は確保している様だった。
市内にはカラフルに塗られた高さ15m程度の鉄製の木の形のオブジェが街路樹の様に数多く配置されている。あまり趣味がよいとは言えない。 現地の人にも人気が無い。
(マナグアのボリバール通り)
病気の大統領夫人が副大統領時代に作ったオブジェだという。公然とオブジェの批判はできないと乗車したタクシー運転手がこぼしていた。
マナグアの湖沿いの海岸通りへも行ってみた。湖は灰色できれいだとは言い難い。
海岸沿いには赤レンガと白壁の建物のレストランが複数建つリゾート地区のような警備が行き届いた区画があった。
日曜日の午後をゆっくりと食事を取りながら過ごす家族暮れやカップルがいたが、多くの人たちは無料の屋根付きベンチで団欒を楽しんでいる。一人当たりの国民所得が約2,500米ドル(約28万円)では、洒落たレストランでの食事は手が出しにくいのだろう。
(マナグアの湖沿いのレストラン地区。この地区へ入るのは有料だ)
マクドナルドハンバーガーの価格で物価水準がわかると言われるが、中南米のマクドナルドハンバーガーの価格は所得水準に比較すると高い。また、500mlのペットボトルのコカコーラ等の炭酸飲料の価格は各国の所得水準には関係なく日本円で約100円程度と高い。 それでも結構売れているようだ。
(マナグアの廃墟化したカテドラル=左と博物館=右)
(博物館展示のユーモラスな顔の土器)
3/12(月)マナグア~ホンジュラス入国~チョルテカ 223km
朝からバイクの調子が悪い。エンジンの回転数を通常より高回転(エンジンをふかす)にしないと発進時エンストしてしまう。初めてのことだ。
ニカラグアにはBMWのディーラーが無いのでここで故障したらやっかいだと不安感を抱きながらホンジュラスへ向けてマナグアを出発する。
前日は日曜日のため、道路はすきすきだったが、今日は交通渋滞で市内をぬけるのに約1時間要した。郊外へ出れば道路の交通量は少ないが、バイクの調子が良くない。
走行中エンジンのギアをシフトダウンしてエンジンブレーキで減速するとまたエンストしてしまう。 バッテリーは問題ないので、惰性で走行中にエンジンをかけるのだが、不安だ。
途中の村の修理工場に立ち寄りるが、バイク修理の技術があるように思えないので本日の目的地の町で修理工場を探すことにした。
ニカラグアには活火山が多い。噴煙をあげている火山を4つ見かけた。一番近い火山は道路から1~2km程度しか離れておらず、噴火したら危険地域だろう。
ホンジュラスとの国境グアサウレ(Guasaule)からのニカラグア出国は簡単だった。国境通過の手続きを手伝う業者を見かけなかった。 国境を自家用車で通過する人は少なく、通過する車両のほとんどは荷物輸送のトラックだ。数は多くない。
ホンジュラス入国手続きも簡単だった。ここでは手続きを手伝う業者と両替商がたくさんいて声をかけてくる。 ニカラグア出国とホンジュラス入国の手続きは約2時間弱で済んだ。
国境の手続きは以下の通り。
A.ニカラグア出国
1.イミグレーションオフィースで出国手続き。出国税2米ドル必要。パスポートには出国印が押されない。出国をコンピューターで管理しているので出国印を押すのは禁止されているとの説明だった。
2.イミグレーションオフィース建物の外にいる係官にバイクを確認してもらい、同係官から税関申告書(Declalacion de viajero)をもらい、同書類に必要事項を記入する。
3.イミグレーションオフィースと同じ建物内の税関(Aduanas)にて税関申告書とバイクの一時輸入許可書(Permiso de Importacion Temporal)を差し出て終了。この際、運転免許証の提示を求められた。
B. ホンジュラス入国
1.イミグレーションオフィースでパスポートに入国印を押してもらう。入国税3米ドルを同時に支払う。
2.イミグレーションオフィースと同じ建物の税関窓口でバイクの一時輸入許可書(Permiso de imporatacion temporal)を作成してもらう。同許可書の作成費用として35米ドル請求される。 ここでも運転免許証の提示が求められる。
なお、バイクの保険加入の有無は問われなかった。また、国境には保険を販売しているような代理店も無いようだ。
ホンジュラス入国後の道路の状態は悪い。舗装はつぎはぎだらけ。舗装が剥がれてくぼんでいる。 ニカラグアの道路は立派だったので、対照的だ。
マクロの経済統計ではホンジュラスの国民所得がニカラグアより2割程度多く2,500米ドル(約28万円弱)となっているが、実際はニカラグアの方が豊に思える。
本日の目的地のチョルテカの町でバイクの修理工場を探した。投宿した宿の常連客が親切に修理工場まで車で先導してくれた。
修理工場と言うより、個人の倉庫のような場所でバイク修理等を手掛けているような場所だった。 ここのオーナーの息子の若者にバイクのエアーフィルターの掃除をしてもらった。 エアーフィルターは埃で汚れていたが、目詰まりしているほどの状態では無かった。
この若者は昨年のニカラグアのモトクロスのチャンピオンだった。
エクアドルで開催された昨年の南米モトクロス大会でも優勝しているJairo Rugamaという名の若者だった。 倉庫兼工場上階の自宅居間には大会で手にした多くのトロフィーが飾ってあった。
若者はモトクロスの国際大会で日本にも行ってみたいと言っていた。
投宿はMado Hotel Tamarindo(素泊まり20米ドル=約2,200円)
3/13(火) チョルテカ~首都テグシガルパ(Tegucigalpa) 144km
ホンジュラスの首都テグシガルパを目指して10時過ぎに宿を出発。気温は既に37度と暑い。
果たしてバイクのエンジンが順調に始動してくれるか心配したが、通常通りにエンジンがかかり、発進も問題なかった。しかしこの後、やはり急激にギアをシフトダウンしてエンジンブレーキをかけようとするとエンジンが停止してしまった。
原因は不明。ギアをゆっくりとシフトダウンする分には問題ない。隣国のグアテマラの首都ガテマラ市にBMWバイクのディーラーがあるので、そこまでエンジンの調子をみながらゆっくりとバイクを走らせることにする。
ホンジュラスに入ってから森の緑が少なくなり土地が砂漠化している。乾燥した土地になっている。 砂漠化しているためか、通過したパナマ、コスタリカやニカラグアより気温が高い。
(チョルテカ~テグシガルパ間の整備された道路)
40度近くの炎天下を一時間もバイクを走らせると疲れる。途中の村の売店で昔懐かしいジュースを凍らせただけの氷アイス(ひと袋約10円)を3つ袋食べる。ニカラグアではまだエアコンは普及していない。窓やドアを開けて自然の風でなんとか涼みをとっている。
学校から帰った10歳の小学生の女の子が母親が切り盛りする小さな雑貨店を手伝っている。算数が好きで将来は先生か医者になりたいといっていた賢そうな女の子だ。いろいろ話しているうちに母子家庭だということが分かった。 母親はアルコール依存症の夫と別れたという。
(雑貨店を手伝う10歳の少女)
首都のテグシガルパは標高千mの高地に位置するため少し涼しく感じる。気温が40度近い低地のチョルテカから気温が30度くらいの高原に来ると涼しく感じる。テグシガルパでは評判がよく経済的な元外国大使館の建物を利用したホスタルへ投宿。 投宿先はVinostal (一泊351レンピーラ=約1800円)
3/14(水) 首都テグシガルパ2泊目 証券取引所、市内散策等
1993年に創立された証券取引所(Bolsa Centroamericana de Valores)を訪問した。
ここでは国債中心の債券のみ取引されている。同族による会社経営がほとんどのため、株式を公開している企業は無いという。
現地通貨(レンピーラ)建て及び米ドル建ての国債、電力等の公営企業と銀行の社債が証券取引所で取引されているという。
当方は債券投資にはあまり興味がないが、残存3年~5年の米ドル建て国債は約5%の利回りだという。現地通貨建てでは同じ年限で7%以上になっているようだ。 国債でもS&PやMoodysの投資格付けはシングルBと投資適格にはなっていない。
市内中心部へも足を延ばしてみた。南米諸国の首都の旧市街中心部では歴史的建物等が観光の目玉となり多くの外国人観光客で賑わっているが、ここではまだ外国人観光客の姿はあまり見かけない。
市内中心部の狭が道路は車であふれ渋滞がひどい。通りを歩く人も多い。人と車でゴチャゴチャした町並みが雑然とした雰囲気を醸し出している。まだ、観光客を呼び込むための準備は整っていないようだ。
(テグシガルパの中央公園前はゴチャゴチャしていた)
(テグシガルパのカテドラルと中央公園)
(どこの店にもショットガンを持つ警備員がいた。テグシガルパの日本料理店)
国立美術館(Galeria Nacional de Arte)を期待して訪問したが、画家等の芸術家3名の展示品と中庭に彫刻の展示品があるぐらいでがっかりした。
国立美術館の入館料が外国人は3米ドル、内国人は30レンピーラ(約1.3米ドル)と二重価格になっていることを批判したら、内国人として入館させてくれた柔軟性には驚いた。
この国の経済は昨年11月の大統領選挙で再選されたフアン・オルナード・エルナンデス大統領のリーダーシップで雇用の創出と汚職撲滅が奏功して経済は良い方向へ進んでいるようだ。インフレ率は直近3年間は4%以下に抑えれれ、同期間の成長率も4%弱となり健闘している。 殺人や強盗等の犯罪も減少してきているようだ。
3/15(木) テガシガルパ~コパン・ルイーナス(Copan Ruinas) 395km
久しぶりの400kmの移動のため午前7時過ぎに宿を出発。道路状況が良くない場所があるのでスピードは出せない。長距離バスでも8時間かかる。
首都テグシガルパの治安が悪いと言われる下町を通り、ホンジュラス第二の都市であるサンペドロ・スーラ方面へ向かう。この区間は主要道路とあって片側2車線の有料高速道路になっている。ただしオートバイは無料だった。
休憩を兼ね途中のドライブインで朝食をとった際、10歳くらいの賢そうな少年が当方に興味を示したので、当方が日本からバイクツーリング中であることを教えた。日本がどこにあるかは知らないようだが、遠い国から来たというのは理解したようだ。
おじいさんと車で近くの町へ行く途中らしい。 少年はおじいさんの元へ戻った後、バイクで出発間際の当方のところへ来た。バイクを見に来たと思ったが、お金を盗まれたのでお金が不足していると無心するのではないか。おそらく誰かの入れ知恵だろうが、がっかりした。 外国人とみれば、お金を無心してくる態度にはがっかりする。
サンペドロ・スーラからコパン・ルイーナスの180km区間は舗装が剥がれたり、路面に穴があいていたりと道路状態は良くない。 おまけに道路工事中の区間が多数あり、道路を掘り起こしたりして一部の区間ではダート化している。このあたりは熱帯雨林の気候らしい。雨が降り、ダート道が泥だらけになっている。泥で後輪が滑る。バイクも雨具を着た当方も泥だらけとなる。
コパン・ルイーナス(Copan Ruinas=コパン遺跡)へは17:30に到着。400kmしかない距離だが途中1時間の休憩を含め、移動に10時間要した。
バイクでアメリカ合衆国からツーリング中の中国人の若者に宿で出会った。125ccのバイクをアメリカで買い、南米を目指し南下中だという。 ニカラグアは中国とは国交が無いので、果たしでバイクでニカラグアへ入国・通過が可能か心配していた。ニカラグアは台湾と国交を持つ国だ。台湾政府は経済援助と引き換えに国交を持っているという。
投宿はHotel Berakah (一泊21米ドル強=約2300円)