9/3(日)ローマ~ナポリ(245km)
ローマからナポリの距離は約250kmだ。ローマからはナポリ方面へと高速道路を利用して市内を抜け出た後、途中で高速道路から抜け出して一般道路を走った。
ローマからナポリまでは小高い丘やなだらかな山が続く内陸部を道路が通っている。ナポリが近づくと木がないはげ山が多くなる。降雨が少ない土地なのだろう。また、山の上段部分が欠落した大きな山がみえる。約2千年前にポンペイの町を火山爆発による灰で埋め尽くしたヴェスヴィオ(Vesuvius)火山だ。
(ローマらナポリ途中のAsutoniaの町付近)
(ナポリが近づくとヴェスヴィオ火山が目前にせまる)
ナポリの旧市街はアフリカ系外国人の姿が比較的目立つ。経済的に豊かな欧州を目指してアフリカから地中海を渡り最初にたどり着くのがイタリア南部やスペイン南部になっているためだろう。
ミラノのような北イタリアの街とは違う雰囲気がある。旧市街のアパートの住宅街の外壁は崩れかかり、道路にはペットボトル、ビニール袋等が散乱している。G7の一角を占める先進国の街とは思えないほど街が汚れている。
(ナポリ下町 路上にゴミが多い)
(日曜日のためかナポリ旧市街の路上販売)
(ナポリ旧市街の住宅密集地帯)
(ナポリの大聖堂)
投宿したホテル(Al campanile 一泊40ユーロ)はナポリ港のすぐ近くの下町にあった。ホテル前の広場を中心とした下町の一角では複数の少年や少女たちがスクーターを乗り回していた。
中にはまだ高学年の小学生としか思えないような小さなこどももスクーターで街を走っている。あどけない少女を後ろにのせて二人乗りだ。少女は煙草をくわえている。何やら無法地帯にも見える。
イタリアに来てからイタリア人の車やバイクの運転はアグレッシブと思っていたが、ナポリではミラノやローマの運転の比較では無かった。
街中で当方がバイクを走行中、他のスクーターやバイクライダーは右後ろから、左後ろから、左右の横からとサッカーをプレーするように自由に走り回り当方の横や前のスペースに容赦なく回り込む。反対車線を走る逆走もあり、横断歩道も走る。
歩行者もしかりだ。信号無視は当たり前。信号を無視して堂々と道路を渡る。横断歩道が無くても道路のどこでも渡る。これでは車の運転手が歩行者にさぞかし気を遣うだろうと心配するぐらいだが、皆この状況には慣れているのだろう。
ルールに厳格な北ヨーロッパの人たちとよく一緒にやっていけるなと不思議に思う。
ホテルの前には無料の路上駐車のスペースがあったが、念のため有料の24時間警備の駐車場に駐輪することにした。
9/4(火)ナポリ2日目 ナポリ~ポンペイ(往復約50km)
西暦79年にヴェスヴィオ火山の噴火による火砕流で町が埋没したポンペイはナポリから約25km南西の海岸沿いにある。車やバイクでナポリから30分前後の距離だ。
ポンペイ遺跡はユネスコの世界遺産にも登録されている。ナポリとポンペイの真ん中にヴェスヴィオ火山があり、ナポリやポンペイはヴェスヴィオ火山の裾野に位置する。
当時ポンペイは住民2万人以上を擁するローマの植民地であり、港がある商業都市として繁栄していたという。
火山爆発前に多くの住民が既に町から避難しており、爆発時町には2千人位しか残っていなかった。町に残った住民が火砕流に巻き込まれ犠牲となり、町自体も5mの高さの灰で埋もれてしまったという。
町の発掘は18世紀から始められ、当時の住居跡、野外劇場等を含む町跡が公開されている(入場料13ユーロ)。
ポンペイの遺跡跡からヴェスヴィオ火山は15km位の距離があると思われる。これだけ火山から離れていれば火山が噴火しても大丈夫だろうと思ってしまうが、自然の力を侮るべからずだろう。
(かってのポンペイの町 案内図から転載)
(ポンペイ遺跡 遠くにヴェスヴィオ火山が見える)
(ポンペイ遺跡内のかっての石の舗装道路)
(ポンペイ遺跡 かっての町の広場と背後のヴェスヴィオ火山)
BMW Motorradのディーラーを探して、オイル交換のため訪れた。ベルリンでの前回のオイル交換から6千kmの距離を走行していた。12時過ぎにディーラーに行くと、15時にオイル交換の予約をとるから時間厳守で来てほしいと言われた(ディーラーの昼休みは13時~15時)。
約束の時間までまだ2時間半ある。バイクで一走りしてポンペイ見学をする旨をディーラーに伝えると、ディーラーはアポイントの時間15:00を絶対に厳守してほしいと釘をさされる。
そのため、ポンペイ見学は遺跡の一部分を駈足でで行なったのみだった。時間厳守でディーラーを再訪問するが、案の定約束の時間通りに作業は始まらず、30分位待たされる。やはり時間にルーズだ。
その反面、良いこともある。サービス代金の値引きだ。また、サービス現場の作業風景を終始見学もさせてもらった(ベルリンのディーラーでは作業現場への立ち入りは不可であった)。
オイルとオイルフィルター交換、バッテリーの検査とチェーンの油差しで100ユーロ(約13,000円)の代金。
(ディーラーでのエンジンオイルの交換)
ホテルが入居している建物の地上階にピザ専門店がある。ピザ専門店の東洋人の若者がバイクを路上駐車している当方に何やら忠告してくれる。
話してみると若者は日本人だと分かる。ピザ作りの修行をしているという。ナポリはピザ発祥の地とあって、質と価格共に良い。夕食は同店でアンチョビー入りピザ(5.5ユーロ)を食べる。ピザは直径33センチと特大だが、ピザ生地が薄いので食べやすく上手い。価格も安い。マルガリータ(トマトベースのピザ)は3.5ユーロだ。
(特大ピザ)
(9/5(火)ナポリ~ソレント・アマルフィへの日帰りツーリング(134km)
ナポリ湾の南端にあるカンパニラ半島部のソレント(Sorrento)とアマルフィ(Amalfi)という町を目指して一般道使って日帰りツーリングに出かけた。
一般道なのでさぞかしのんびり走れて気持ちが良いだろうと期待していたが、期待は裏切られた。
ナポリからナポリ湾沿いの町を通ってナポリ湾南端のカンパニラ半島まで片道約60kmの区間を走り出したが、最初の30kmは狭い石畳の道で走りにくい。
おまけに昼時のラッシュアワーのタイミングと思われるような渋滞に巻き込まれてストップ&ゴーの繰り返し。こんなことになるんだったら高速道路を使った方が良かったと後悔する。
半島部の海岸線は高く切りだった崖になっている。道路は海から100m~200m位の高さの崖の中腹にある。海と崖沿いの家並みの景色は良い。
(断崖絶壁の中腹を通る道路)
(道路には観光バスの姿も見える)
(ソレント付近の道路から東方向の海岸線を見る)
しかし道路は狭くてカーブが多い。伊豆半島を走っているような感じだが、伊豆半島の周回道路のようには広くない。こんな狭い道に時々観光バスが通る。道路が狭すぎてすれ違いが難しいため、のろのろ運転になってしまい直ぐに道路は渋滞してしまう。
崖の中腹からの景色は確かに良いがツーリングを楽しむ場所ではない。公共交通機関でストレスなくここまで来て、景色を眺めている分には最高だろう。
崖の高台からナポリ~ポンペイ間のナポリ湾沿いの町とその背後のヴェスヴィオ火山が良く見える。
(ナポリ湾とヴェスヴィオ火山)
(ヴェスヴィオ火山と裾野の市街地)
ヴェスヴィオ火山(標高約1300m)は富士山のように裾野が広い山だ。山頂が大きく欠けているのは火山の大爆発のためであろう。
9/6(水)ナポリでバイクの盗難
早朝バイクをホテルから500m離れた有料駐車場から出して、朝食後直ぐに出発できるようにホテルの前の路上駐車スペースにバイクを置いた。辺りが明るくなった朝の6:20分ごろである。
朝食を済ませ、出発しようとしたが、駐車した場所にバイクが無い。
盗まれた! ホテルの防犯カメラ録画で犯行様子を調べたが、防犯カメラには光が向けられて録画画像が見えないようになっていた。
犯行時間は6:40頃だった。 明らかにプロの仕業だ。パニアケースやトップケースを装備したバイクの総重量は250kg以上ある。
BMWのバイクはイモビリライザー付き(盗難防止のためのエンジンの電子ロック)だから、バイクの鍵無しではエンジンを始動させることができない。どのようにイモビライザーを解除するのだろう。
疑ったら切りがないが、複数の協力者がいるのだろう。当方が早朝バイクを有料駐車場からだしたことを知っており、どこのホテルに滞在しているかも知った上、当方がホテル前に駐車した直後に犯行に及んでいる。
警察に盗難届を出しに行った。警察では簡単に盗難届を受理したのみだった。当方が盗難バイクが見つかる可能性はあるかと係官に聞くと「ここはナポリだから」との返答のみ帰ってきた。
その警察署では男女の中国人2名が英語で何やら訴えている。男性中国人に話を聞くと、中国から商品をコンテナーでナポリの業者へ送ったが商品代金がナポリの業者から受け取れなく訴えに来たとのことであった。
(被害届を出した警察署)