盗作漫画の世界・トレース問題・「美少女戦士セーラームーン」のトレース | 20世紀漫画少年記

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 前回の当ブログ記事「盗作漫画の世界」では漫画のトレース問題を取り上げた。こうしたトレースが問題になるようになったのは2000年代に入ってからであり、90年代は発覚してもそれほど問題にはならなかった。その90年代の漫画のトレースで代表的な例があのメガヒット作品『美少女戦士セーラームーン』なのである。

 

 

上が『美少女戦士セーラームーン』武内直子・第4巻(講談社コミックスなかよし版)「 Act14 ブラック・ムーン・コーアン ― SAILOR MARS 」より。

 

下が『GUN SMITH CATS』園田健一・第2巻(講談社アフタヌーンKC)「CHAPTERC9 JAMMING 」より。

 

比べてもらえばおわかりいただけると思いますが、実はちびうさの持っている銃は『GUN SMITH CATS』のラリー・ビンセントの持っている銃(チェコの名銃「Cz75」)をトレースしたものなのである。

 

 おそらくアングル的にこのコマが良かったのだろうが、他のコマでは丁度良いカットがなかったのか作中では、ちびうさの持っている銃がコマによって変わっている。

 

 男性作家と比べて女性作家はメカや車や銃が苦手な人が多く、その手の資料を持っている人も少ないので、おそらく武内氏も手元に銃の資料が無かったので他の作品から丁度良いカットをトレースした、というところだろう。

 

 この件は当時あまり騒がれませんでしたが、決して誰にも知られていなかった訳ではなく、同人誌などでも指摘されており、『GUN SMITH CATS』の作者、園田健一氏本人も知っていたようで「日本一売れている作家にマネされるとは俺も出世したなぁ」と言っていたと伝えられています。

 

 この件があまり騒がれなかったのは園田健一氏本人が訴えなかったこともあるが、90年代の漫画業界のトレースに関する認識が現在の認識と違うのが大きいと思われる。

「サルでも描けるマンガ教室」(相原コ―ジ・竹熊健太郎)第1巻「ポーズの描き方」より

 

作中で竹熊氏が「見て描きゃいいんだ!」と言っているように当時はポーズをトレースするのは問題視されていませんでした。勿論、竹熊氏も半分ギャグで言っているのでしょうが、これが当時の漫画業界の認識だったのは間違いありません。

 

 また騒がれなかった要因としてもう一つ大きいのが「90年代はネットが普及していなかった」のがあるだろう。誰かがパクればすぐに指摘され、それが爆発的に世界に広まり、すぐに検証サイトまで立ちあげられるネット全盛時代の現在と違い、ネットが一般に普及されていなかった当時は誰かが気がついてもそれが広まることはなく、権利者である著作者が訴えないかぎり話題にはならなかった。

 

 本来、 著作権侵害は「親告罪」 であるので、著作者が訴え出ない限りは罪を構成しなかったのが、インターネットが普及された2000年代からは、誰かが一人でもネットで指摘すれば、たちどころに世間に広まり、炎上して抗議の声が殺到し、一般マスコミでも取り上げられるようになったので、出版社としても無視できなくなった。

 

 その為、「エデンの花」の一件ではトレースされた「スラムダンク」の著者である井上雄彦氏が訴えていない(現在でも特にコメントはよせていない)にも関わらず、講談社は末次由紀氏の作品を当該作品だけでなく当時の連載作品を連載中止し別作品の全単行本を絶版・回収するなど殆ど追放のような重い処分を下した。

 

 この処分により問題は沈静化したものの、個人的にはこの時の講談社の対応はいささか過剰に思えてならない。正直言えば著作権云々よりも世間の反応を気にして重い処分を下したように見える。

 

 「エデンの花」の作者、末次由紀氏は2年間の活動中止ののち、競技かるたの世界を描いた「ちはやふる」で活動を再開した。同作品はアニメ化(3回、2019年にも放送予定)、実写映画化(3回)し、第2回マンガ大賞2009を受賞するとともに、「このマンガがスゴイ!2010」のオンナ編で第1位となり連載は現在も続いている。

 

 末次由紀氏は見事復活し、活動休止前よりブレイクしたが、当時の講談社の重い処分はこの才能のある作家を潰していた可能性だってあるのだ。「メガバカ」のように極端にトレースが多すぎる場合やネタやストーリーなどの明らかな盗作はともかく、少々の構図やポーズのトレースであまり重すぎる処分は正直なところ疑問に思う。勿論、著作法に違反しているのは事実であるので、トレースが事実であるのなら何らかの処分と著作者に対する謝罪は必要だが、謝罪の後、単行本の加筆修正にとどめておくべきではないだろうか?

 

 誤解なきよう言っておきたいのだが私は何も「セーラームーン」の作者である武内氏を糾弾しようと言うのではない。『GUN SMITH CATS』からのトレースは事実だがそれにより「セーラームーン」という作品の価値が下がるわけではない。

 

竹熊氏が言う「この人がだめならあの先生はどうか、ということになる」

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0804/16/news075.html

 

とは、まさにこのことであろう。

 

 もし当時ネットが普及していて「セーラームーン」のトレースが問題となり炎上していたら、はたして講談社は「セーラームーン」の連載を打ち切っていただろうか?疑問に思う。そもそも他誌とはいえ同じ講談社の雑誌で連載していた園田氏本人が知っていた事実を編集部が知らなかったとは思えない。また講談社には過去にも「モーニング」で連載していた「沈黙の艦隊」(かわぐちかいじ)で写真家の柴田三雄氏の写真を50カット以上模写していた事実が発覚し、編集長とかわぐち氏が連名で謝罪し、賠償金を払い、超人気作であるので連載は継続させたこともある。勿論、そこで連載を打ち切りにしては漫画史に名を残す両作品は中途半端な形で終わっていただろう。

 
 だが末次由紀氏氏の作品は当該作品以外も打ち切り・絶版しておいて、こちらは「炎上していないから」「人気作だから」といって打ち切り・絶版しなかったというのはそれは筋が通らないだろう。

TPPにより著作権侵害が「非親告罪」化した現在、こうした問題はより一層、深刻となることが懸念される。

今こそ各出版社が共同でボーダーラインを設定し基準を明確化する必要があるのではないだろうか。