
“未だに乗り気になれない 何故なのか?”
2005年、35歳の誕生日前日に自宅で急逝した林由美香。
元AVアイドル、その後はピンク映画で活躍し、絶大な人気を誇っていた女優である。

林由美香をめぐる14年間に及ぶ美しくも壮絶な愛の記録と、大切な人の「喪失」、それに向き合う人々の「再生」を描いた人間讃歌でもあるドキュメンタリー。
平野勝之と林由美香との出会いは、平野のAV監督デビュー作である『由美香の発情期』。
当時、すでに大人気AV女優だった由美香に対し、平野は全くのド新人。由美香は完全に平野を見下していたらしい。
その際、由美香はこう言ったという。
「撮ってもいいよ」
やがて多数のAV作品の撮影を通じてお互い切っても切れない存在になり、自然と恋愛関係へと突入していく。
自転車旅行の記録を撮影中、すべてをさらけ出そうとする由美香は、二人の痴話喧嘩を撮らなかった平野に「監督失格」を言い渡す。
それはお互い愛しあい、信頼しあっているからこそ出た言葉なのかもしれない。
また女優としては「最高に面白い画を提供したのに、なんで撮らなかったのよ」というもどかしさもあったのかも?
しかし監督としての立場と、感情を持った一人の男としての立場の狭間で平野の気持ちは揺れ動く。
「監督失格かもしれないけど、撮れなかった」
一方の由美香はとにかく自由奔放。
カメラの前でも躊躇なく泣き、怒り、笑い、ふてくされもする。
ベロンベロンに酔っ払った末に失禁し、平気で裸にもなる。
気持ちいいくらいの潔さだ。
彼女曰く、
「面白いことがしたいだけ」
由美香が自分について語るシーンも興味深い。
「両親が離婚してから、16で家を出て独り暮らし始めて、お金ないから60万で処女を売ったけど騙されて20万しか貰えなくて……それからどこかの社長と月60万で契約したけど逃げられちゃって……で、ヤクザのおじさんに頼んでそいつ捕まえてもらって金ふんだくってやってさ……それから六本木でホステスしてる時に事務所からスカウトされたの。最初はグラビアだけだったんだけど、そのうちAVに誘われてさ、二ヶ月悩んで……出ることに決めたんだ。もう私の人生、‘ガンガンエロ’で生きてきたから。女優としてはさ、人生を切り売りしてきたよね」
短いながら濃密で壮絶な人生を歩んできた由美香だが、その反面……
「結婚をして、子どもも欲しいよ。幸せな家庭に憧れる。それが夢」
と普通の女の子らしい部分を垣間見せたりもする。
この映画の後半は、あまりにも衝撃的な場面となる!
※完全ネタバレになるので、これから映画を観る予定の方は、絶対に読まないでください。

前述したように由美香不在の翌日、再びインタビュー撮影のため彼女の自宅を訪れる平野。(カメラ助手として女性弟子が帯同)
平野のいつものスタイルで、マンションに入る直前からカメラを回し始める。
チャイムを押すが、今日も全く反応なし。
平野は郵便受けの隙間から中の様子を窺う。
「犬の声がする。何か、中にいるっぽいな、由美香いるよ、これ、きっと」
平野は由美香ママに電話をして事情を話す。
程なくして合い鍵を持っていた由美香ママが駆け付けて来る。
「昨日から連絡取れないからさ、私もおかしいなとは思ってたのよ。何か平野君、感じ変わったわね~太った?」
「そうですか?ハハハ」
二人は嫌な不安を覚えつつも、まだ冗談混じりの会話をする余裕があったが……。
ドアを開けた瞬間、異様な気配に気付く。
「何か臭う!臭いよ!」
異変を察した由美香ママは、玄関先から動くことができず、
「ダメ!怖くて入れない!平野君、見てきて」
平野が由美香の部屋に足を踏み入れるや、
「ウワッ、嘘だろ!ヤバイ、ヤバイ!もうダメだよ、これ!臭いも凄い」
との声がし……慌てて出て来て、
「警察、警察!救急車もう遅い。警察!」
(由美香の部屋にまではカメラは入らない。平野の声だけしか聞こえてこない。故に観ている側は、嫌でも想像力を掻き立てられることになる)
それを聞いた由美香ママは、
「えー!何があったのよ!何したのよ、由美!」
と泣き崩れる。
「ここの番地分かる?あ、隣の部屋の人に聞いてきて!早く!」
助手は、カメラを床に置いて直ぐさま出て行くが……スイッチはオンになったままなので、その後の一部始終を無人のカメラが撮影し続ける!
ただただ右往左往する平野。
知り合いに電話をして「由美が大変なことになっちゃった……」と、床に突っ伏して号泣する由美香ママ。
その由美香ママに、大はしゃぎでまとわり付く犬の姿が切ない。
また突っ伏した体勢になったため、カメラのベストアングルに収まってしまう形となってしまったのは何とも皮肉だ。
平野は警察に電話をして事情を話すがなかなか埒が明かない。
「ですから、俯せで倒れてるんです。もう完全にダメみたいで……臭いも凄いんですよ。え?ですから……」
すると由美香ママは、いきなり電話口に向かってこう怒鳴りつける。
「ガタガタ言ってないで早く来いよ!こっちは大変なことになってんだよ!」
やがて、警察が到着し……平野が事情説明をしているところでカメラは止まる。
しばらくして、知らせを聞いて慌てて駆け付けてくるのが、これまた由美香の元恋人でAV監督のカンパニー松尾である。
彼は由美香がまるで荷物のように運び出されていく現場を目撃してしまい、激しいショックを受けて号泣。
「死んじゃった……由美香が死んじゃったよ……」
そこに急に降ってくる雨……。
林由美香、享年34歳。
死因は、酒と睡眠薬を飲み過ぎたことによる事故死。
35歳になる2時間前の死であった。
由美香の告別式には、千人以上もの人が参列し、別れを惜しむ。
そして、棺をかつぐのは……平野、松尾ら由美香の‘かつての男たち’つまり、元恋人たちだった……。
奇しくも由美香の死体の第一発見者になった平野だが、彼は由美香の最期を撮らない、撮れなかった。
「天国からだか地獄からだか分かんないけど、彼女はきっとこう言うでしょうね。‘私の最期の衝撃的な姿を提供したのに、何で撮らないのよ。監督失格だね’って」
そんな平野は由美香の死後、新聞や週刊誌から思わぬバッシングを受ける!
‘何故、死体の第一発見者がカメラを持っていたのか?’
‘本当は事故ではなく事件ではないのか?’
‘平野は、由美香の死に関係しているのではないのか?’
あることないこと、面白おかしく憶測記事を書かれてしまう。
そんな中、由美香ママと平野の間で確執が起きる!
彼女も平野の行動に疑惑を抱き、こう感じていたのである。
『何故、ここにカメラがあるのか?』
遂には弁護士を通しての話し合いが行われ、‘あの映像’は封印するという念書が交わされる。
つまり二度と人目には触れることのない幻の映像となったのだ。
ところが、時を重ねるうちに平野と由美香ママの険悪だった関係は次第に修復されていく。
電話やメールで相談しあう仲になっていた。
そんなある時、由美香ママはポツリと……
「平野君、あの映像、使っていいよ」
と信じられない言葉を口にする。
「由美は平野君にまだ付きまとってるんだよ。あの時、平野君がカメラを持っていたのは偶然じゃなく、由美が導いたのかもしれないね」
平野はAV監督デビュー作で由美香に「撮っていいよ」と言われ、今度は由美香ママから「使っていいよ」と言われた。
こうしてその言葉がキッカケとなり、由美香の死という現実に直面し喪失感に苦しんでいた平野は……2010年、再びカメラを手に取り、由美香と向き合おうとする。
それを後押しし、プロデュースを買って出たのが映画監督の庵野秀明。
彼は映画製作で悩み苦しんでいた時期に『由美香』を観て、心が癒されたのだという。
「林由美香の映画を絶対に撮るべきだ」と平野に進言したのだ。

『監督失格』の撮影はスタートし、平野は由美香ママへのインタビューも敢行。
「もう5年になるのね。あの時は、本当に辛かったわよ。遺影に向かって‘何でよ!何があったのよ!由美!’なんて叫んだりもしてね」
ところが、ちょっとしたアクシデントが勃発。
平野のミスで音が録れておらず、再度インタビューをお願いする羽目になってしまう。
「えー、音が録れてなかったの?何やってんのよ、あんた。監督でしょ(笑)。そんなんじゃ監督失格だね」
なんと由美香にだけでなく、ママにまで「監督失格」と言い渡される平野。
(ママは何気なく言ったのだろうが、この時点では由美香も同じ言葉を発していたことはママは知らない)
過去の映像の再編集、新たな撮影をするうちに、平野はやっと気付く。
「由美香が俺に付きまとっていたんじゃない。俺が由美香に付きまとっていたんだ」
彼は彼なりの方法で、由美香を送ることにする。
ギックリ腰の痛みに耐えつつ、カメラに向かって声を搾り出す。
「これから由美香の葬式をします」
深夜の街、自転車に乗った平野は由美香への思いを叫びながら……号泣する自分にレンズを向ける!
由美香との過去に決着をつけるために。
「逝けー!逝っちゃってくれー!早く逝っちまえ!」
エンディング曲、矢野顕子の「しあわせなバカタレ」が流れて、平野の壮絶な姿とともに映画は幕を閉じる。
(まさに平野監督は‘しあわせなバカタレ’、愛すべきバカタレだ!)
過去の記録と新たに撮影した映像とを再構成し、平野監督と林由美香との14年に渡る愛の軌跡が綴られてゆく。
愛するひとの死と向き合う平野監督の姿が胸に突き刺さり、ラストシーンでは観ている側も号泣必至!
身近な人との出会いと別れ、そしてそこからの再生をテーマに、この映画は平野勝之でしか撮り得ない映像を映し出し‘女優&ひとりの女性としての林由美香’の核心に迫って突き進む。
スクリーンと対峙しているうちに、いつしか平野監督の喪失感が伝染すると同時に感情移入し、同化してしまった。
平野監督と林由美香の生活に割り込み、二人の生き様を体感し、ショッキングな死を見届け、最後は葬式に参列したような気分にすらなる。

平野監督にとっては‘過去の喪失’と真っ向から向き合う作業となっただけに「作るのは本当にきつかった」らしい。
また『由美香』を再編集した理由を「絶対に外せない要素だった」と発言。
『由美香』を観ている者にとっては、自転車旅行シーンはちょっと長すぎるのでは……と感じるかもですが、監督の言うようにこれがあったからこそ、後のシーンが生きています。
ところで、平野監督は由美香の死の場面を撮るべきだったのか?
撮らなくて正解だったのか?
(常識的には撮るなどとは有り得ない話かもしれないが)
ただ由美香自身は、撮ってほしかったと思って死んでいったのではないか?
不謹慎を承知で言えば、やはり彼女がどんな死に方をしたかを見せるべきだったのではないだろうか?
もしくは、こんな風にも考えられる?
由美香は敢えて酒と睡眠薬を多量に飲み、自ら死を選んだ。
そしてその場面を平野監督に撮らせようとした。
「凄いでしょ、平野さん。最高の画だよ!これ撮らないと本当に監督失格だよ」
長々と感想を書いてきましたが、こんなんじゃとてもとてもこの映画の凄さは伝わらないです。
とにかく観てください……と言いたい!
(賛否両論ある内容だし、おもいっきり嫌悪感を感じる方もいるかもしれないけれど)
できれば『由美香』と松江監督の『あんにょん由美香』(これにも自転車旅行のシーンが収録)も併せて観れば完璧です!


『監督失格』は、ドキュメンタリー映画史上に残る大傑作だ




ちなみに『監督失格』上映終了後、平野監督の舞台挨拶があり、興味深い話を聞くこともできました。
その後、出口で観客ひとりひとりを見送っていた監督に握手をして頂き、少しお話もさせてもらい感激。
エキセントリックなイメージとは違って、こちらが恐縮してしまうくらい腰が低い方で、とても丁寧に答えて下さり感謝しています。
「ありがとうございました」と深々と頭を下げて観客を見送る姿も印象に残りました。