『ヴィヨンの妻 -桜桃とタンポポ-』 | エルドラド 「時をかける言魂」 『時かけ』と仲里依紗に魅せられて

エルドラド 「時をかける言魂」 『時かけ』と仲里依紗に魅せられて

ただの戯れ言?!またはエッセイのようなもの。
そしてボクは時をかける。

『ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~』


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【出演】
松たか子、浅野忠信、室井滋、伊武雅刀、光石研 、山本未來、鈴木卓爾、小林麻子、信太昌之、新井浩文、広末涼子、妻夫木聡、堤真一


【監督】
根岸吉太郎



‘何故、彼女は放蕩夫を愛し続けたのか?’




戦後、混乱期の東京。

才能がありながら放蕩三昧を続ける小説家・大谷穣治を健気に支えて暮らす妻の佐知は、貧しさを忍びつつ幼い息子を育てていた。


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ある夜、酒代を踏み倒した上にその飲み屋から五千円という大金を盗んで逃げ出した大谷を追いかけて、店の夫婦・吉蔵と巳代が自宅まで押しかけてくる。

大谷と夫婦の言い争いに、佐知が割って入った瞬間……彼はナイフで威嚇し、その場から逃げ出してしまう。

「後の始末は私が致します。ですから警察沙汰にだけはしないでください」

大谷はたった一度だけ金を払っただけで、三年間も‘付け’を溜めっぱなしだった。


‘どうしたらいいのだろう……明日は五千円を持っていかなくてはならない。そんなお金、どうすれば用意出来るのだろうか……’


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翌朝、佐知は二人が営む飲み屋・椿屋へ出向く。

そこで、思わず、
「ご心配なさらないで。明日までには、お金は綺麗にお返し出来そうですの。そのお金が届くまで、ここをお手伝いさせてください。私、五千円の人質として働かせてもらいます」
と明るく言い切ってしまい……窮地にあっても不思議な生命力を発する佐知。


水を得た魚のように、生き生きと働く佐知。その美しさ、明るさに惹かれて、椿屋はお客でいっぱいになる。

そこに大谷が派手な女性を伴って現れ、盗んだ五千円を吉蔵に返す。

そして……
「大谷さんがお金を返しに来ましたから。まあ、まだこれまでの飲み代の二万円は貰ってませんけど」
「それだけですか?では、ずっとこちらで働いて私がお返しします」
「え?」

お客から沢山のチップを貰った佐知は、自分には魅力があると気付き、あっけらかんと、
「私、お金になるんですね」


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翌朝、佐知は五千円の件を大谷に問い詰めると……
「あの金は、全部使ってしまった。それを知り合いのバーのママに肩代わりして貰ったんです」
「ヒモって言うのね、そういうの」
「……じゃあ、行ってきます」
「え?」
「家では仕事が出来ないのでね……ヒモですからね」
「…………」


外の世界に出た佐知は、どんどん女性としての輝きを増していき、客からは‘椿屋のさっちゃん’と呼ばれ、店の人気者になっていく。


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一方の大谷は、酒を飲み歩き、借金を作り、浮気を繰り返し……たまに家に帰ってくると、何かに追いかけられているように喚き散らしては、佐知に救いを求める。

「怖いんだよ……助けてくれ」

そして……魂が抜けたようにまたフラリと出て行くのであった。

小説家の仕事はしているものの、家に金を入れることはほとんどない。


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家ではあまり会うことのなかった夫と、椿屋では頻繁に会うことができるようになった佐知。
「そのことがとても嬉しく、幸せです」
「女には、幸福も不幸もないものです」
「あ、そうかもしれないですね。じゃあ、男の人は?」
「男には、不幸だけがあるんです」


そんなある夜、椿屋にひとりの女性客・秋子がフラリとやって来る。


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吉蔵曰く、
「大谷さんに会いたくなると、ああして来ては待ってるんですよ。大谷さんに見込まれたお陰で、貢ぎまくって……今ではすってんてんらしいですよ」


ある日、大谷は佐知に、
「僕は死にたくて仕方がないんです。そのことばかり考えている。それでいてなかなか死ねない」


そんな時、佐知の前に、好意を持つ真面目な工員・岡田や、かつて佐知が思いを寄せていた弁護士・辻が現れて……彼女の心は大きく揺れる。


大谷の小説のファンだという岡田は佐知にこう語る。

「‘タンポポの花、一輪の誠実’……この一文を読んで虜になりました」
「そんな気持ち、あの人は持っているのかしら……」


大谷は佐知に男が出来たのではないかと疑いを感じはじめ、強く問い詰める。

「最近、綺麗になりましたね。外に男でも出来たんじゃないですか?」
「どうしてそんなことを仰るんですか!」
「ほらほら、そうやって泣くところなんか女郎のようだよ」


佐知の一途な気持ちも知ってか知らずか……突然、大谷は秋子と姿を消してしまい……二人は奥深い山中で薬を飲み、心中を図る。


倒れているところを発見され二人とも命は取りとめたものの……大谷は殺人容疑で留置されてしまう。


大谷のもとに面会に訪れた佐知は……
「生き残っておめでとうって言えばいいの?死ねなくて残念ねって言えばいいの?私と一緒に帰りますか?」


何故、佐知はどんな状況でも、明るく振舞うことができるのか?
何故、佐知は放蕩夫の大谷を許し、一筋に愛し続けるのか?


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「私たちは、生きてさえいればいいのよ」





太宰治原作の男女の本質を描いた大人の恋愛物語。

酒飲みで多額の借金をし浮気を繰り返すなど放蕩の限りを尽くすが、小説家として秀でた才能と何故か憎めない魅力を持つ夫・大谷と、そんな大谷に翻弄されながらも明るくしなやかに生きていく妻・佐知。



先に弱音を吐いて開き直ってしまう自己防衛の本能の塊のような、それでいてある意味では計算尽くでもある究極のダメ男の夫の不始末を常に受け止め、現実的に対処してゆく佐知の色香を放つ女のしなやかな強さを見せる姿は、とても魅力的。


台詞に息づく時代の匂いと文学的な美しさも光ります。



夫のために様々な苦難に襲われる佐知は、周囲からは不幸にしか見えない。
しかし、彼女は決して悲観しない。大谷の弱さ、優しさ、そして一筋の誠実さを理解して、彼に寄り添い、大きく包み込んでいきます。
その清々しさたるや!

混沌の中にあっても、明るくたくましい佐知の姿は、爽快でもあり、生きる希望や勇気をも与えてくれます。



男女がそれぞれ持ち合わせている本質……‘男の繊細さ’と‘女のしなやかさ’を深く掘り下げ、酸いも甘いも全てひっくるめたような極上の大人のラブストーリーでした。



余りにも健気な佐知役の松たか子、人生に悲観して自堕落な生活を送る大谷役の浅野忠信。
この二人の演技が素晴らしい!



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