神様のような清廉潔白な教師、坪井誠造が逝去した。
その通夜は悲しみに包まれ、誰もが涙した。
……のだが、参列者たちが「神様」を偲ぶ中、とんでもない疑惑が。
実は坪井は、凶悪な犯罪者だったのではないか…。
坪井の美しい娘、後輩教師、教え子のアラフォー男性と今時ギャル、ご近所の主婦とお笑い芸人。二転三転する彼らの推理は?
どんでん返しの結末に話題騒然!!第34回横溝正史ミステリ大賞“大賞”受賞の衝撃ミステリ。
「場面は、神様のように慕われていた老人の葬式からはじまる」
「教え子やご近所さん、娘や元同僚の教師など、多くの人たちが故人の思い出を回想し、その死を悼むんだよね」
「まずは読者に、故人がどれだけ善い人であったかを印象づけるわけだ」
「とは言え、タイトルがタイトルだから……」
「そうだな。神様のような人物に実は裏の顔が……というのはタイトルから予想される展開だな。そして物語はその通りに進行していく」
「これはネタバラシというよりも、誰にでもわかることだね」
「それぞれが持っていた微妙な違和感をすり合わせていくと、なぜか故人は殺人犯であったのではないかという結論が導き出されるわけだ」
「このあたりの展開はなかなか論理的というか、推理の応酬が結構面白いかも」
「作者は元お笑い芸人なんだよな。だからだと思うけど、会話の中にちょいちょいギャグが盛り込まれている」
「道尾秀介さんは横溝正史ミステリ大賞の選評で『ユーモアのセンスは見習いたい』と語っているけれど、それほどかなあ」
「正直、ギャグは不要だったかもな。こういうギャグは文章で読んでもサムイだけだし」
「そうだよねー」
「文章について言えばギャグを抜いても、読みやすいとは言えないな。平易な文章なのに、何だか全然読むペースが上がらなかった。面白い小説を読んでいると本の世界に入り込んでいけて読むテンポもどんどん上がっていくんだけど、いつまでたっても本を外側から読んでいるような感じだったなあ」
「文章が悪いわけじゃないんだけど、テンポが悪いんだよね。これはセンスの問題だからどこがどう悪いって指摘するのは難しいんだけど」
「ちいさな違和感から、神様のような善人が悪魔のような人物に変貌していくプロセスそのものは面白いのだから、もうちょっと文章が洗練されると良かったんだけどな」
「でもさ、あのオチはどうなの?」
「ここからちょっとネタバラシが入るな?」
「うん」
「神様のような人物が実は殺人犯だった……というだけで終わるとは誰も思わないよな。そこからさらに反転があるのはわかりきっていた」
「推理を推理でひっくり返すのはわりと見事だと思ったけど」
「うん。そこはいいんだよ。ひとつの証言からもう一度推理が覆るというのはミステリ的にも面白い。だからこそに、もうひとつのオチが不要に感じる」
「あれは……興ざめするよね。多重人格というのはミステリで一番やっちゃいけないヤツのひとつだと思うなあ」
「それがアリなら何でもアリだからな。多重人格なんていうのは現実の病気として存在するとは言え、ほとんど超能力に等しい便利アイテムだから」
「ミステリじゃなくてSFになっちゃうもんね」
「お笑い芸人としての藤崎翔が、作家としての藤崎翔の足を引っ張っているような気がするな。読者をエンターテインしようという気持ちが強すぎて、要らないギャグを入れてみたり、オチの後にもうひとつオチを重ねてみようとしたりする。それが成功しているのならばいいのだけれど、明らかに蛇足だからな」
「ロジカルなミステリもその気になれば書けそうな気がするだけに惜しいよね」
「うん。惜しい」