「卵のふわふわ」 宇江佐真理  講談社 ★★★☆ | 水底の本棚

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しがない書店員である僕が、
日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

書店のオシゴトの様子なんかも時々は。
本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

のぶちゃん、何かうまいもん作っておくれよ――。
夫との心のすれ違いに悩むのぶをいつ扶けてくれるのは食い道楽で心優しい舅、忠右衛門だった。
はかない「淡雪豆腐」、蓋を開けりゃ埒もないことのほうが多い「黄身返し卵」。忠右衛門の「食い物覚え帖」は江戸を彩る食べ物と、温かい人の心を映し出す。


卵のふわふわ 八丁堀喰い物草紙・江戸前でもなし (講談社文庫)


何とも滋味にあふれた一作です。


登場する料理もそうですが……のぶの舅である忠右衛門が本当にいい味を出している親父殿なのですよ。


武芸はまったく出来ないし、学問には秀でているもののそれを活かすこともしようとせず、


美味しかった食べ物を帳面にひたすら書きとめるのを趣味とする食い道楽。



口を開けば「腹が減った」しか言わない昼行灯なのに、時折、


見事な推理で事件を解決したりするものだから、どうにもとらえどころがない。



そんな忠右衛門も、のぶには本当の娘のように優しく接しています。


夫である正一郎が冷酷でのぶに厳しく当たってばかりいるDV男なので、


そのぶん、忠右衛門の性根の優しさが本当にじんわりと身に沁みます。




好き嫌いの激しい我儘なのぶだけれども、


忠右衛門と一緒に食した淡雪豆腐や何の変哲もない水雑炊、


卵のふわふわは彼女の心をじんわりと癒していくのです。



のぶに出て行かれて、正太郎も少しは反省したようだけれども、


僕は意地が悪いから、


「のぶは正太郎とよりを戻す必要なんかないよ!」


と思いながら読み進めました。


「今さらちょっと優しい顔しても遅いんだよ! 不器用で優しさをうまく表現できませんでしたなんて通用しないからな!」とか(笑)



ラストはちょっと悲しい結末。


前科のある忠右衛門だから……僕はいつかきっとひょっこり戻ってくると信じたいし、


のぶだって正太郎だってふでだってそう思っているはず。



だから、帰って来てよ、忠右衛門さん。


可愛い孫が待っているよ。