「いつもの朝に」 今邑彩 集英社 ★★★☆ | 水底の本棚

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しがない書店員である僕が、
日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

書店のオシゴトの様子なんかも時々は。
本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

成績優秀でスポーツマン、中学でミラクルボーイと呼ばれる桐人。

そんな兄と正反対で勉強が苦手の弟・優太。

三年前に最愛の父親を事故で失い、画家の母・沙羅と三人で暮らしている。
ある日、優太は父の形見のぬいぐるみ“ユータン”の中から一通の手紙を見つける。

そこには、父から優太への謎のメッセージが書かれていた。
優太は父親の言葉に従い、行動を起こすが、そこに待っていたのは兄弟の運命を一変させる呪われた出生の秘密だった。


いつもの朝に〈上〉 (集英社文庫)


※ネタバラシを含む感想です。未読の方はご注意を。





緻密な心理描写と、シンプルだけど滑らかな物語の運び方で、


ぐいぐいと読み進めることができます。


優秀な兄と、その兄と比較され続けの弟という構図そのものはありきたりだし、


幼馴染の少女が優秀な兄のほうでなく怠惰な弟に惹かれているというあたりも含めて、


「タッチ」を連想せずにいられませんね。

(「タッチ」とは兄弟の立場が逆転しているけれども)



その「タッチ」的な兄弟の間に、三十年前に起きた凄惨な事件を軸として置き、


あることをきっかけにその軸を中心として兄弟はぐるっと正反対の位置に移動させられてしまう。



兄の能力が消えたわけではない。


弟の怠惰が直ったわけでもない。


でも、二人はそれまでの立場を完全に逆転してしまう。その構図が面白いと思います。


物語は、宗教というものに対するアプローチや、


犯罪者の血をひく者もまた呪われたように犯罪者になってしまうのかというような命題にまで踏み込んでいき、いろいろと考えさせられます。



人を救うということはどういうことか。


神というものがこの世に存在しないならば、誰が人を救うのか。



そんなことをしみじみと考えてしまいました。


本作が語りかけてくるテーマはとても重たく暗いものであるにも関わらず、


著者の軽快な筆致で深刻になり過ぎることなく読み進められます。



エンディングも含め、読後には清涼感すら残ります。


兄弟も現実離れしたベタベタな感じを出しておらず、とても人間らしく描かれていてそれも○。



ミステリでもない。


ホラーでもない。


もちろん単純に家族愛や兄弟愛を描いた感動系ストーリーでもない。



それらをすべてうまく混ぜ合わせた一作だと思います。