二十一年前の一家四人放火殺傷事件の加害者たちが、何者かに次々と惨殺された。
癌に侵されゆく老刑事が、命懸けの捜査に乗り出す。
恐るべきリーダビリティーを備えたクライムノベルの傑作。
※物語の核心に触れています。未読の方はご注意を。
寒々とした小説だ、というのが最初の印象。
被害者も、加害者も、それに関る人々も、それを追う刑事たちも誰一人としてその表情からは笑顔が読み取れない。
誰一人として幸せそうに見える人間がいない。
最初に起こる惨殺事件の凄惨さを物語の最後まで引きずり続けているようで、後味は悪いし、
誰一人救われないのが悲しい。
朱音を殺してしまう必要はなかったのではないか……。
辻や気良という同じ悩みを抱えた者と出会えたのだから、
朱音はもしかしたらやり直せたかもしれないのに。
朱音に救いをもたらしてくれそうな北見先生が、復讐に燃える殺人犯だったことは残念だった。
彼女はもしかしたら自分で立ち直れたかもしれないのに。
本当の笑顔を取り戻すことができたかもしれないのに。
僕は、自分の顔が特に好きでも嫌いでもない。
取り立てて格好良いというわけではないが、ふた目と見られぬほど醜いわけではない。
もちろん、もっとここがこうならという希望がないわけではないが、
コンプレックスになるほどではないし、
欲を言ったらキリがないこともわかっている。
大抵の人が自分の顔に対しては僕と同じように考えているだろう。
でも、そういう当たり前の思考ができることは幸せなんだと改めて思った。
「虚貌」というタイトルの意味は物語の終盤で明らかになる。
それ以前に、整形では時間的に無理があるというところからマスクではないか、という推理は僕の頭にあった。
現代の造型技術であれば人間の顔と見紛うばかりのマスクを作ることが可能だということは知識としてあったからだ。
そのトリック自体は極めてシンプルだが、効果的なのは伏線。
気良少年は手先が器用で彫刻が趣味だったという以上に、
平穏無事だった最後の瞬間に口ずさんでいたアニメの主題歌が伏線になっているとは考えもしなかった。
これには脱帽した。