「犯罪小説家」 雫井脩介 双葉社 ★★★ | 水底の本棚

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新進作家、待居涼司の出世作「凍て鶴」に映画化の話が持ち上がった。監督に抜擢された人気脚本家の小野川充は「凍て鶴」に並々ならぬ興味を示し、この作品のヒロインには、かつて伝説的な自殺系サイト「落花の会」を運営していた木ノ瀬蓮美の影響が見られると、奇抜な持論を展開する。
待居の戸惑いをよそに、さらに彼は、そのサイトに残された謎の解明が映画化のために必要だと言い、待居を自分のペースに引き込もうとしていく。
全篇に充ちた不穏な空気。好奇心と恐怖が交錯する。


犯罪小説家 (双葉文庫)


※物語の結末に触れています。未読の方は回れ右で。





小野川充という思い込みの激しいマイペースな奇才のキャラクターに触れたとき、


僕は雫井脩介さんがかつて書いた「火の粉」を思い出した。



あの作品にもまた、自分の考えに狂信的とも言えるくらいに固執し、


異常なまでの執着心を見せる男が登場する。



「火の粉」を恐怖半分、好奇心半分で楽しんだ僕としては、


この物語もまた身勝手男の小野川に常識人の待居が振り回されるというものなのかもしれないと想像し、ページを繰っていった。


待居の作品「凍て鶴」を自分の感性にしたがって小野川がめちゃくちゃにいじり倒す、というような展開が待っているのかと思った。



しかし物語は僕の想像とは少しばかり違う方向に進んでいく。


いや、もちろん待居が小野川に振り回されるという展開そのものはその通りなのだけど、


どうも僕が想像していたような感じではなく、


映画製作はほとんど無関係に、


ただ自殺サイトを運営していた木ノ瀬蓮美の死の謎やサイト閉鎖後も生き残ったかもしれない幹部たちの正体を追うという物語になっていくのだ。



このあたりは小野川に賛同して協力(というか彼女の単独捜査だが)している今泉知里の地道な調査の様子が書かれていくだけで、そう面白いという感じでもない。



はたしてこの物語の着地はどこに持っていくのかと思っていると。


ラストにはある意味では予想通りの、そしてある意味では意外すぎるくらいの、結末が待っている。


小野川はただの勘違い野郎ではなく本物の奇才だった。


彼が一方的に待居に押し付けていたように思えていたイメージは、完璧に的を射たものだった。


待居が隠そうとしていたこと、


「凍て鶴」という作品の中にその気配すら見せない要素を完全に見抜いたものだった。



これが僕にとっての意外な部分。


待居が何らかの形で自殺サイトに関わっているだろうということは明白だったし、


時計の伏線もまあそうかなと思っていたから、そっちは予想通りだった。



狂気に犯されていたのはどちらかと言えば、


殺人からインスピレーションを得るという経験をした待居のほうで、


小野川は本物の天才だったというのは結構、驚きだったから…僕にとってこのラストはわりと面白い。


待居が小野川を殺せず、映画がこのような形に出来上がるのは最初からの必然だ。


そして…彼が二度目の殺人(正確には未遂だけど)から彼が着想を得た「犯罪小説家」。


それもまた小野川の手によって映画になるのかもしれない。