「満月」 原田康子 新潮社 ★★★★ | 水底の本棚

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しがない書店員である僕が、
日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

書店のオシゴトの様子なんかも時々は。
本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

仲秋の満月の夜、愛犬セタを連れて散歩に出た若い高校教師まりは、河原で奇妙な男と出会う。まるで時代劇から抜け出してきたような格好のその男は、津軽藩士、杉坂小弥太重則と名乗った。
イヌの老婆の呪術によって現代に現れた彼は来年の仲秋の満月になればまたアイヌの村に帰るという。三百年の時を超えた不思議な恋愛物語。


満月


※物語の核心部分に触れています。未読の方はご注意を。




原田知世さんの主演で映画化した作品。(すっごい昔だ)


テーマソングは元プリンセスプリンセスの奥居香さんが、


ビートルズの「ミスター・ムーンライト」をカバーしていました。


僕は小説を読んだ後、映画のほうもビデオで借りて観ました。

(ビデオだって! ビデオ!)


原作の雰囲気をそれほど壊していない、まあ、良い作品だったと思います。



小弥太はアイヌに帰るまでの一年間を、偶然出会ったまりとその祖母の家で暮らすことになる。


高校で教師をしているまりは最初、小弥太の存在を認めないし、気違い扱いもする。


いや、もちろんタイムスリップをあっさり受け入れるよりもそれが当り前の反応なのだけれど。


ひとつ屋根に暮らしながら顔を合わせようともしないし、言葉を交わそうともしない。


あまつさえ、彼を何とか追い出そうと画策したりもする。


けれど、それは弓を構え、そして引き絞るための時間。


強く反発した分だけ、ひとたび彼に心が向かってからはそりゃあもう、読者が赤面するくらいにまりは寝ても醒めても、小弥太、小弥太になってしまう。


小弥太は僕が見ても、凛として誠実で、


現代人の心についている贅肉がすっかり削ぎ落とされている精悍な男なのだから、


毎日顔を合わせているまりが夢中にならないはずはない。


一方、まりは現代っ子にも程があるというくらいの現代っ子。

(とは言っても昭和三十年代生まれらしいから僕よりもずいぶんと歳上なのだれけど)


期間限定のこの恋、結局、最後に契りを交わすこともなく小弥太は消えてしまうし、


消えてしまった後も彼の動向はまるで語られない。


まりが「彼は記憶喪失にでもなったのではないか」と勝手に推測しているくらいのものだ。


いささか消化不良だけれど…でも、それでもいいのかな、とも思う。


まりと小弥太の心は一時でもしっかりと結ばれたのだし、いつの時代に生きるかは大した問題じゃない。


その時代をいかに生きるのかが問題なのだから。