「塩の街」 有川浩 角川書店 ★★★★ | 水底の本棚

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しがない書店員である僕が、
日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

書店のオシゴトの様子なんかも時々は。
本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

塩が世界を埋め尽くす塩害の時代。

塩は着々と街を飲み込み、社会を崩壊させようとしていた。

その崩壊寸前の東京で暮らす男と少女。男の名は秋庭、少女の名は真奈。

静かに暮らす二人の前を、さまざまな人々が行き過ぎる。

あるときは穏やかに、あるときは烈しく、あるときは浅ましく。

それを見送りながら、二人の中で何かが変わり始めていた。
「世界とか、救ってみたいと思わない?」。

そそのかすように囁く男が二人に運命を連れてくる。

第十回電撃ゲーム小説大賞・大賞受賞作。


塩の街


本作は有川浩さんのデビュー作



恋愛自衛隊奇想天外なSF設定。


初期の有川作品のほとんどに共通する要素がすでにデビュー作に詰めこまれている。


有川浩の作品はそれぞれ奇抜な設定がうまく活かされているのが特徴だ。


海の底から這い出てきた巨大エビとか、


高度二万メートルに潜むUMAとか、


本を守るために戦う正義の味方とか。


どんな話だよとツッコミたくなるような設定にもかかわらず、


物語にぐいぐい引き込むだけの説得力がある。




本作も、突如、宇宙から飛来した塩の結晶が、人々を塩の固まりに変えていくという、恐ろしいが奇妙な設定の物語。


その設定を明かすのを焦らしまくり、とても効果的な見せ方をしている。



設定の方は毎回毎回、奇抜で面白いのだが、出てくる人たちのキャラクターがあまりにもワンパターンなのがちょっと残念。


秋庭も真奈も「図書館シリーズ」や「海の底」「レインツリーの国」などの作品と登場人物を入れ替えても不都合が無さそうな気がする。



ところで、本作は一度、文庫本として出版された後、自衛隊三部作の「陸」として改めてハードカバーで再刊行された。


僕は文庫版もハードカバーもどちらも読んでいるのだが、随分と改稿されているなあと思った。


特に秋庭の戦闘シーン(爆撃シーン?)ががっつり削られているのにはビックリした。


最初から無ければ何とも思わなかったかもしれないが、文庫版を知っていると相当に違和感がある。最初は「落丁?」と思ってページ数を確認したほどだ。




さらに単行本のほうでは、「塩の街」のその前とその後のお話が四つの短編としてオマケに付いている。


なんとも有川浩さんらしい作品だよなあと思いながら読んだ。


いずれもラブストーリーなので、僕はそんなに好きじゃないかも。




「でも、ホントに俺たちけっこう幸せだから。こんなことでもなかったら、俺たち自分の気持ちに気がつかなかった。こんなことになっても、気持ちが通じないまま別々の道を歩くより幸せだったって、負け惜しみじゃなくてそう思えるんだ。わがままかもしれないけど、身勝手かもしれないけど―俺たちが恋人同士になるために、世界はこんな異変を起こしたんじゃないかって、そう思うんだよ」


秋庭が「傲慢なラブストーリーだ」と苦笑するように、ホント、思い込みが激しいのも程ほどにしとけ、と言いたくなるような話だ。


でも、世界中を巻き添えにしてまで大事にしたい自分の世界があるのなら、それはそれで幸せなことだ。たぶん。




「いろいろ間違ってて、いろいろ澱んでて、いろいろよくなくて、あのままでよかったわけじゃないけど、こんなになっちゃう前の世界のほうがよかった。ちゃんと守れるルールが見える、元の世界のほうがよかった」



そう。


僕も忘れていたし、多くの人が忘れているけれど、ルールを守るってことは自分を守るってことと同義だ。


お酒を飲んでも平気で車に乗る人は、飲酒運転の車に撥ね飛ばされても文句を言う資格はない。


世界には理不尽なルールがあるのも事実だけれど、それでも守るべきルールがない世の中よりもはるかに楽で安全なんだってことを忘れちゃいけない。





「来なくていいです、明日なんか。秋庭さんが行っちゃうんならそんなもの要らない! あたし、世界なんかこのままでいいもの!」


女ってすげえこと言うなあ、というのが偽らざる感想である。


世界がなかったら秋庭だって真奈だって生きちゃいらんないんだよ、なんていう論理は真奈のアタマからはふっ飛んでいる。


男は世界を守るために女を捨てることができる。


彼女の存在するこの世界を守ることが彼女を守ることだと信じてるからだ。


一方、女は男を守るために世界を捨てることができる。


彼のいない世界なんて存在意義がないと思っているからだ。


これが一般論として通用するかどうかはともかく、秋庭と真奈はそう考えていた。


僕には秋庭の論理は理解できても、真奈の感情は理解不能だ。それはたぶん、僕が男だからだろう。