「冷たい校舎の時は止まる」 辻村深月 講談社 ★★★☆ | 水底の本棚

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雪降るある日、いつも通りに登校したはずの学校に閉じ込められた八人の高校生。

開かない扉、無人の教室、5時53分で止まった時計。

凍りつく校舎の中、二ヶ月前の学園祭の最中に死んだ同級生のことを思い出す。

でもその顔と名前がわからない。

どうして忘れてしまったんだろう…。


冷たい校舎の時は止まる(上) (講談社文庫)



長え。




とりあえず、読了した最初の印象はこれ。



もちろん小説がどんなに長くても構わない。


その長さに必然性があるのならば。


だけど、この物語は、読者がその長さに耐えられるような充実の内容だったかな?


僕にはちょっと冗長な気がしたけれど。




まあ、それはさておき。



彼らが閉じ込められた学校は、実は本物の学校ではなくて、実は自殺した同級生の心の中。


そしてその自殺した生徒は彼ら八人の中にいるのではないかと想像する。


その最有力候補は辻村深月。


仲の良かった友人に裏切られ傷つき、拒食症にまでなっていた彼女は、


七人の仲間と担任教師の榊に支えられて、やっと立ち直ろうとしていたばかりだった。


かろうじて立っているだけのように見える彼女が自殺する理由は、


十分すぎるくらいにあるように僕には思えた。


だが、自殺候補者(?)は深月だけじゃない。


彼女の七人の仲間たちもそれぞれに、心の中に人には言えない悩みや切ない想いを抱え込んでいる。


彼ら八人が通う青南学院高校は地区有数の進学校で、


彼らはその中でも学年上位クラスの学力を持っている優秀な生徒たちである。


奇妙な異世界に取り込まれるという現象にぶつかっても決してパニックにならないことでも、


彼らがフツーの高校生とはちょっと違うということがわかる。


にもかかわらず、彼らがこれほどまでに繊細であることに僕は違和感を覚えた。


彼らの悩みは(こう言っては何だが)取るに足らないものばかりだ。


現在と過去を往復することで、彼らの悩みが詳細に語られていくのが本作のスタイルで、


そこがきっちり書き込まれているから、彼らの心情は余すことなく読者にちゃんと伝わる。


八人の登場人物をしっかり書き分け、


時空を超えてちょこまかと行ったり来たりするような構成なのに軸がぶれていないのは、


著者の巧さだと思う。



だが、そうやって彼らのことをちゃんと理解することができたにもかかわらず、


僕は彼ら八人に死ななければいけない理由があるなんてとても思えなかった。


敢えて理解できる人物を挙げるならば、


過酷な家庭環境に置かれた梨香だけは自殺という選択肢があってもおかしくないとは思ったが、


彼女の生来の明るさ、そして芯の強さ、自然体のしなやかな心を考えればその可能性も消える。





彼らは皆、ちっぽけな世界でしか生きていない。





外に出てしまえば、彼らの悩みなんてゴミみたいなものだ。


彼らもたぶん、そう遠くない将来、そのことに気がつく。


後になってしまえばなんでもないことだ。


だけどそれがわからないのが、若さというものなのだろうけれど。



で、結局、僕が何を言いたいのかというと、


要するに彼ら八人の中に自殺者なんているはずがないと思ったということだ。


彼らは嫌気がさすくらいに繊細で、僕は読んでいて苛々したけれど、自殺するほどではないとも思った。


だから、僕は白紙の解答用紙が提示されるはるか前に、自殺した人間の名前がわかっていた。


消去法でどう考えてもこの人物しかいないと、そう考えていた。


結果、それは見事に正解だったし、その理由もほぼ大枠では当たっていたのだけれど、


たぶん大抵の読者は正解にたどり着くのではないだろうか。


だって、どう考えてもそれしか有り得ないもんな。



※このあたりから少しねたばらしが入ります。







ただ、物語に仕掛けられていた叙述的なトリックにはまったく気がつかなかった。


ヒロとみーちゃんの正体にも。

(菅原のエピソードだけやたら長えなあとは思っていたのだけど)


ヒロとみーちゃんについてはともかく、菅原の正体についてはちょっとアンフェアだと思う。


菅原と榊が絡む話がまったくなかったりすればちょっとは納得できるのだけれど。




その叙述トリックと合わせて、ラストにはちょっと疑問が残った。


春子は最後の最後まで加害者だったと僕は思う。


深月を逆恨みして、彼女を傷つけ、嘲笑うことで保身につとめた人間だ。


挙句、深月を守るナイトが現われたら、その立場をひっくり返すために自殺までしてみせる。


そんなことが許されていいはずはないし、


深月のナイトたちも春子を許してはいなかったと思っていた。


はからずも、梨香が「自殺したからってそんなに偉いのか」と言う場面があるが、


まさにその通りだと思う。


春子が死んだからってそれですべてがチャラになるわけじゃない。


手紙を破いた深月には何の罪もない。


だから、彼らが春子の墓参りをするラストには僕は納得できなかった。


なんで今さら、そんなに取ってつけたようなことをするんだよと思った。


その行為はもしかしたら、深月が春子を許すための儀式なのかもしれない。

だけど僕にはそれすら不要だと思えた。


別に春子を許す必要ななんてない。忘れちまえばいいだけのことだ。


そんな風に考える僕は、相当に冷たい人間なのだろうか?