「汝、隣人を愛せよ」 福澤徹三 徳間書店 ★★★ | 水底の本棚

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しがない書店員である僕が、
日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

書店のオシゴトの様子なんかも時々は。
本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

「静かにしてください」とだけ書かれた匿名の手紙。

大学講師の真壁弘平とその家族は、購入してまもないマンションで、いわれのないクレームに遭遇する。

真壁は犯人を暴こうとするが、クレームは陰湿な厭がらせへとエスカレート。

相次ぐ隣人トラブルのさなか、仕事も家庭も危機に瀕する。

疑心暗鬼の泥沼に踏みこんだ真壁に活路はあるのか。


汝、隣人を愛せよ (徳間文庫)



※少しだけ、ねたばらしありです。




隣人トラブルというのは、わりとミステリの題材として採られることが多い。



得体の知れない奇妙な人物。


それが隣人だったら、どんなに恐怖を覚えても逃げ出すわけにはいかない。


特に、この物語のように、賃貸ではなく分譲でマンションを購入してしまい、


さらに大学講師の職を失った直後とあっては。



読者はそういう物語を読むと恐怖を感じる。


なぜなら、それはフィクションの世界の出来事ではなく、


いつ自分の身に降りかかってもおかしくはない事件だからだ。



世間の、もっと言えば人間の常識が通用しない、怪物のような人物が、


自分のすぐ傍にいるという恐怖は容易に想像できる。



だから、その怪物が恐ろしく描けていれば、描けているほど、物語は読者を惹きつける。


そういう意味でのこのジャンルの白眉は、貴志祐介の「黒い家」だと思う。


菰田幸子の恐ろしさは、筆舌に尽くしがたい。



さすがに「黒い家」と比較したら可哀想だとは思うが、


恐怖という点では本作には不満が残る。


釘宮という女性は、得体の知れない怪物になっておらず、


せいぜいが「ちょっとはた迷惑なオバサン」を少しはみ出した程度にしか描けていない。



物語が釘宮の恐ろしさに特化したものではなく、


主人公の真壁の職探しや、淡い不倫や、妻や息子との確執や、マンションの他の住人との軋轢など、


いろんな人生ドラマを描くことに腐心しているから、それはやむを得ないのだが、


こういうタイプのサスペンスの場合、鳥肌がたつくらいの恐怖を描いたほうが成功するような気がする。



結末も(いくつも伏線がしっかり張ってあったにもかかわらず)唐突な感じは否めず、


「釘宮カンケーないのかよ」と思わず突っ込んだ(笑)



謎解きの面白さを軸にするのではなく、徹底的に日常に潜むホラーとして描いた方が、


面白かったのではないかなあ。