「静かにしてください」とだけ書かれた匿名の手紙。
大学講師の真壁弘平とその家族は、購入してまもないマンションで、いわれのないクレームに遭遇する。
真壁は犯人を暴こうとするが、クレームは陰湿な厭がらせへとエスカレート。
相次ぐ隣人トラブルのさなか、仕事も家庭も危機に瀕する。
疑心暗鬼の泥沼に踏みこんだ真壁に活路はあるのか。
※少しだけ、ねたばらしありです。
隣人トラブルというのは、わりとミステリの題材として採られることが多い。
得体の知れない奇妙な人物。
それが隣人だったら、どんなに恐怖を覚えても逃げ出すわけにはいかない。
特に、この物語のように、賃貸ではなく分譲でマンションを購入してしまい、
さらに大学講師の職を失った直後とあっては。
読者はそういう物語を読むと恐怖を感じる。
なぜなら、それはフィクションの世界の出来事ではなく、
いつ自分の身に降りかかってもおかしくはない事件だからだ。
世間の、もっと言えば人間の常識が通用しない、怪物のような人物が、
自分のすぐ傍にいるという恐怖は容易に想像できる。
だから、その怪物が恐ろしく描けていれば、描けているほど、物語は読者を惹きつける。
そういう意味でのこのジャンルの白眉は、貴志祐介の「黒い家」だと思う。
菰田幸子の恐ろしさは、筆舌に尽くしがたい。
さすがに「黒い家」と比較したら可哀想だとは思うが、
恐怖という点では本作には不満が残る。
釘宮という女性は、得体の知れない怪物になっておらず、
せいぜいが「ちょっとはた迷惑なオバサン」を少しはみ出した程度にしか描けていない。
物語が釘宮の恐ろしさに特化したものではなく、
主人公の真壁の職探しや、淡い不倫や、妻や息子との確執や、マンションの他の住人との軋轢など、
いろんな人生ドラマを描くことに腐心しているから、それはやむを得ないのだが、
こういうタイプのサスペンスの場合、鳥肌がたつくらいの恐怖を描いたほうが成功するような気がする。
結末も(いくつも伏線がしっかり張ってあったにもかかわらず)唐突な感じは否めず、
「釘宮カンケーないのかよ」と思わず突っ込んだ(笑)
謎解きの面白さを軸にするのではなく、徹底的に日常に潜むホラーとして描いた方が、
面白かったのではないかなあ。