予備校の英語講師にしてミステリ作家の矢崎には、同じく作家を志す兄がいた。
しかし、小説を書き上げることも定職に就くこともできないまま、ある日忽然と姿を消す。
折しも、都内では、二組の夫婦が相次いで失踪した事件が注目を集めていた。
犯人の手がかりとして公開された、刑事を名乗る不審人物が留守番電話に残した声は、聞き違えようもなく兄のものだった―。
かかわった誰もが少しずつ壊れ、事件は歪みを増していく。
デビュー作品の「クリーピー」が意外なほどよくできていて、
この作者はクライムサスペンスの名手になるかも、
と期待をした。
今作もまた冒頭から奇妙な事件が起こり、興味をそそる。
東北訛りの刑事がある女性のもとを訪ね、彼女の夫が犯罪に巻き込まれ容疑者として捕まっているという。
このままではマスコミの餌食になるだろうけど、自分がそれを抑えている。
保釈金は一千万円くらいになるはずだからそれを用意しておけと言う。
なぜ警察官が保釈金の話を?
疑問に思った女性がそれを尋ねると、最近は警察が保釈金を預かるのだと言う。
そんな馬鹿なと思いながらも、刑事の言動に不気味な迫力に恐怖を感じた女性は、とにかく彼を追い払いたい一心で、それではこれから銀行に行ってくると答える。
このくだりがとても怖い。
会話は淡々と進んでいくのだが、偽刑事の持つ、得体の知れない不気味さが本当に怖い。
たった数ページのプロローグを読んだだけで、こいつなら笑って人を殺せそうだなとわかる。
不穏当な導入部に、さてこれからどのように物語が進んでいくのかとドキドキしながらページをめくる。
主人公はミステリ作家兼予備校講師の矢崎。
矢崎の周辺では奇妙な事件が立て続けに起こっている。
兄の失踪。
同僚のカリスマ講師・越野に強姦されたと訴える可憐な女生徒。
その越野の妹夫婦が失踪した事件。
その他にも都内で夫婦の失踪事件がいくつも起こっており、その一組の家の留守番電話に残されたメッセージが矢崎の兄の声であったこと。
失踪したはずの兄を見かけたというオカマバーの店長や、矢崎の担当編集者。
せっかくドキドキしながらページをめくっていたのに、
最初に登場した偽刑事はその後、物語に姿を現すことはなく、
なんだかいろんな謎だけがパズルのピースのように、ばらまかれていく。
何がメインの謎になるのか、物語を貫いている芯が何なのか、よくわからないままストーリーが進んでしまうのがちょっと残念。
※ここからねたばらしが入ります。
たとえて言うなら。
なんだかすべてのピースが歪んでいてうまく嵌まらないパズルのようだ。
話がとっちらかっていて、美しさに欠ける。
ピースが歪んでいるだけでなく、なかには不要なピースも混じっている。
たとえば、越野が妹に兄妹の情愛を超えた感情を抱いていることなんか、物語の本質とはまったく関係がないエピソードだし、物語に何の効果ももたらしていない。
ただ、無駄なだけだ。
無駄と言えば、矢崎の担当編集者やオカマバーの店長なんかも必要なキャラクターに思えない。
物語を無意味に複雑にしているだけだ。
いろんな謎が複合的に絡んできて、最後に絡まった糸がキレイにほどけるのは美しいが、
この作品の場合、絡まり方がそもそも美しくないし、ほどけてもキレイではなかった。
黛が犯人っていうのが……なんだか唐突すぎて伏線もへったくれもないし、
事件の動機もなんだかよくわからないし。
紗世が黛の愛人だったのが唯一のびっくりポイントで、
それ以外は真相がわかっても何の驚きもなかった。
冒頭部分はとてもよかったのにな。
なんでもっとストレートに、美しく物語を書けないのだろうかととても残念に思った。