「亡霊ふたり」 詠坂雄二 東京創元社 ★★★ | 水底の本棚

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しがない書店員である僕が、
日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

書店のオシゴトの様子なんかも時々は。
本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

名探偵の資質とは、謎を解き明かす能力以上に、謎に出合う能力。

名探偵志願の女子高生は、そうそう出合えるわけもない魅力的な謎を求め、日夜努力を積み重ねる。

自らの探偵活動に、彼女は毎度ボクシング部所属の男子高生をつき合わせるが……。

彼女は知らなかった。

彼が卒業までにひとをひとり殺そうと計画している、殺人者志願の少年であることを。

ミステリというフィルターを通してしか書き得なかった、ヴィヴィッドな青春小説の傑作登場。


亡霊ふたり (ミステリ・フロンティア)




詠坂雄二作品ですが……、


これはミステリではなくて青春小説ですね。


詠坂雄二流の一風変わった青春小説。



月島凪に憧れて(ライバル視して?)、名探偵を目指す若月ローコ(浪子)。


そして無理やりローコのパートナーに選ばれたボクシング部のエース、高橋。



設定がこれだけならば、いかにもラノベにありそうな学園青春ストーリー。


いや。


もはやベタすぎてラノベにもありそうもないか。



でも本作は一味違うんですよね。


それは……ローコのパートナーである高橋が、殺人志願者であるところ。


中二的な夢想とかではなく、まるで志望校を決めるように、


高橋はきっちり目標として「ひとを殺す」と決めている。


県下のウエルター級で優勝候補の一人に数えられるほどのボクシングの腕も、


あくまで「殺人」に備えた体力づくりと格闘術取得の副産物。




しかも、ターゲットに定めているのは、ローコ。


高橋はローコを殺害するために着々と準備を進めながら、


彼女の探偵ごっこに付き合っている。



これって、言ってみれば、ワトソンがホームズを殺害せんと狙っているようなものですよ……?


そんな風変わりな青春小説ですが、


これが意外と、甘酸っぱい感じが悪くないのですよ。


こういう、ボーイ・ミーツ・ガールもありかなと。


付かず、離れずの二人の距離感が妙にカワイイ。



ま、どう考えても高橋はローコを殺せないよな。たぶん。




さて、ところで。


「ドゥルシネーアの休日」でも詠坂雄二は「名探偵不在」というアンチミステリ的なシチュエーションを描いていますが、本作でもまたミステリの設定そのものに一石投じるような、そんな試みをしています。


それは、「名探偵あるところに謎あり」とならないところ。



基本的に、名探偵と言えば、


島にバカンスに行けば、嵐にあって閉じ込められて連続殺人に巻き込まれるし、


ひなびた温泉でのんびりしたいと思っても、露天風呂に美女の死体が浮くし、


スキーに行っても、電話線は切られロープウェイは止まり、そして殺人が起こるという。


それがお約束。


名探偵のもとには、何にもしなくても事件のほうからやってくるというのが常なのですが、


本作においてはローコは東奔西走して事件を自分から探しています。


事件が起こらなければ名探偵というもののアイデンティティが崩壊してしまうわけですから、


ローコとしては事件がやってこないなら、こっちから迎えに行かなければ……というところでしょうが、


まあ、フツー、そんなミステリはナイ。



昨年の鮎川哲也賞受賞作である市川哲也の「名探偵の証明」でも、


名探偵とは何ぞやという命題に挑んでいましたが、本作もそれと同系統の作品かな。