「掌の中の小鳥」 加納朋子 東京創元社 ★★★★ | 水底の本棚

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日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

書店のオシゴトの様子なんかも時々は。
本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

「エッグ・スタンド」はカクテルリストの充実した小粋な店。

謎めいた話を聞かせてくれる若いカップル、すっかりお見通しといった風の紳士、今宵も常連の顔が並んでいます。


掌の中の小鳥 (創元推理文庫)



物語の中に登場するホットカクテル、エッグノッグのように、


ほっこりと暖かくて、甘くて、


でも大人の味。


抜群に面白いというわけではないし、


鮮烈な印象があるわけでもない。


ありふれた連作短編集。



けれど。


それがいい。


じんわりと染み入るような物語。



※ちょっとねたばらし……かなあ。





表題作の「掌の中の小鳥」が僕は一番好きです。

この短編はSCENE1、SCENE2の二部構成になっています。

SCENE1は「僕」が大学時代に経験したある失恋をめぐる物語、


そしてSCENE2は登校拒否をしていた高校時代の「私」が再び登校するようになったあるきっかけについての物語です。


冬城圭介、穂村紗英という名を持つ「僕」と「私」はあるパーティで出逢い、


そして「エッグスタンド」というお気に入りのバーを見つけます。


圭介と紗英は互いに可愛らしい嫉妬をしてみたり、それがもとで喧嘩してみたり…


なんだかほんわかしたラブストーリーになりますが、


僕としては絵画における禁忌を盛り込んで描かれた絵の話が一番好きですね。


圭介は頭が良く、強く、そしてまっすぐな男です。


だからつい、他の人間もそうだと思いこんでしまうのでしょう。


少し悲しく、そして優しい物語だと思います。



「(前略)あのとき君が描き出した色は、本当にきれいだったね。曖昧で、微妙な色彩だった。今まで見たどんな絵にも、あんな色はなかった。だけど、それも当然だった。君は絶対に混ぜ合わせちゃいけないとされる色ばかり選んで、あの絵を描きあげたんだ。(後略)」


美術における禁忌。


その禁忌をやぶったからこそ、彼女の絵ははかなくそして美しかった。


ありえないはずの色が彼女の作品を彩っていた。だがきっとその美しさは悲しい美しさだったと思う。



「一人の女の子に夢中になっちゃってる男って、はっきり言って見苦しいけど、でも私、そういうの嫌いじゃないわよ」