「満願」 米澤穂信 新潮社 ★★★★ | 水底の本棚

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しがない書店員である僕が、
日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

書店のオシゴトの様子なんかも時々は。
本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

人生を賭けた激しい願いが、6つの謎を呼び起こす。

期待の若手が放つミステリの至芸! 人を殺め、静かに刑期を終えた妻の本当の動機とは。

驚愕の結末で唸らせる表題作はじめ、交番勤務の警官や在外ビジネスマン、フリーライターなど、切実に生きる人々が遭遇する6つの奇妙な事件。

入念に磨き上げられた流麗な文章と精緻なロジック。


満願



いずれも後味は良くはない。


古典部や小市民シリーズのような、ライトミステリを書く米澤穂信が好きなら、読むべきではない。


「儚い羊たちの祝宴」のようなブラック米澤が好きなら、必ず読むべきだ。


六篇それぞれに違った味があるので、必ず好みの一作が見つかるだろう。



※ちょこっとだけねたばらしもあるかも。できれば読了後に。



「夜警」

新人警察官、川藤が事件に巻き込まれ殉職した。

しかし川藤を指導していた先輩、柳岡は彼の警察官としての資質に危うさを感じていた。

そんな彼が事件に巻き込まれたのには何か理由があるのではないか…。

川藤は最期に「こんなはずじゃなかった」という言葉を残していた。その言葉の意味は?


事件の日の日中に起こった工事現場でのちいさな事故。

川藤が先輩たちの眼をごまかそうとしたちいさなミス。

川藤の兄が語る、川藤の本質。


これらの伏線が鮮やかに回収される真相がみごと。


新聞記事だけを見ていたら、勇敢で正義感あふれる警察官の殉職だが、

真実を知ってしまうと川藤という人物のイメージが180度ひっくり返るところが面白い。



「死人宿」

近くに有毒ガスが発生しており、自殺の名所として有名になっている、通称「死人宿」。

かつての恋人である佐和子が働くその宿を訪れた「私」は、彼女から遺書を見せられる。

落とされていたそれを拾った佐和子は「私」に、自殺をしようとしている客を探す手伝いをしてほしいと言う。

宿に泊まっている客は三人。

自殺志願者は誰か?


ひなびた温泉宿の雰囲気、そこに漂う危うい空気が絶妙に混じり合って物語を構成している。

その旅情あふれる読み味がいい。

かつて、仕事で傷つき疲れ果てていた彼女を救うことができなかった「私」が、必死に汚名返上をしようとしているのだが、なかなか変われないのも、切ない。


事件の真相そのものは伏線がさりげなさ過ぎて、なかなか難問。


僕みたいなニブイやつには酷だな。



「柘榴」

絶世の美女、さおりが恋した男、成海。

特別に美男子ではないが、誰もが彼に恋せずにはいられない不思議な魅力を持った男。

そして、さおりは成海の子を二人もうける。

長女、夕子。次女、月子。

幸せな家庭を築けるはずだったが……仕事もせず浮気はし放題の成海に、さすがに愛想が尽きたさおりは彼との別れを決心する。

もちろん、大事な二人の娘は連れて行くつもりで。

ところが……。


精緻なロジック、淡々とした語り口、そして背筋が冷たくなる結末。


げに恐ろしきは女性の嫉妬か。

それとも、血のなせる業か。


年齢など関係ない。

男の子は歳を重ねて男になるが、女は生まれた時から女なのだとつくづく思う。



「万灯」

日本の総合商社に勤める「私」は、ガス田を求めて未開の地を訪れた。

しかし、この土地での開発は遅々として進まず、それどころか病気、怪我などと次々と部下が被害に遭った上、拠点を築かなければいけないポイントにある村ではまったく協力を得られそうもない。

村の長の説得に失敗した「私」は、目的を同じくするフランスの会社に勤める日本人と協力し、禁断の手段に手を染める。

彼らを待ち受ける結末は?


これはストーリーの組み立てに見るべきものがある。


主人公が追い詰められていくプロセスが、淡々と描かれているだけにむしろ迫力がある。


プロジェクトの頓挫。

最初の殺人。

第二の殺人。

そして、自分自身の身体に起こった変化。


ひとつ問題を解決すると次の問題が襲ってくる。


想像し得なかったラストの難題も含め、とても良くできていると思う。

落語で言えば、考えオチというやつかな。



「関守」

一年に一件、車が落ちて人が死ぬというこの峠に、ネタを探すライターの俺はやってきた。

俺は峠のドライブイン(というより茶店と言った方がいいか)を独りで営む老婆に話を聞くことにする。


なんとなく、オチは読める。


そしてその通りのオチが待っている。


だからと言ってレベルが低いとは思わない。


ただの親切で話好きの老婆から、徐々に狂気を帯びた殺人鬼に変化していく様子が怖い。


その境目がどこかわからないから怖いのだ。



「満願」

苦学生をしていた頃に下宿させてもらっていた先の奥さんが、殺人罪で逮捕された。

学生時代を支えてくれた彼女のおかげで弁護士になれた今、彼女を救うのは自分しかいないとばかりに、彼女の弁護を買って出たのだが……。



「時代」がよく書けているなあと思った。


読んでいてすーっと物語の中に入り込んでいける。


そうやってまるで白黒映画でも観ているような気分になっていると、


ラストで意外な真実に、どんと胸を突かれるような思いをするわけだ。



原因と結果を逆転させて、警察の捜査をも利用した奥さんの機智が見事。


(って、犯罪を誉めちゃダメだ)


それを、娘がブロックの玩具を取り上げられたくなくて自分に渡した(父親をブロックの隠し場所にした)というエピソードから、真相が見えてくるあたりも面白い。


「酒に強いのも不幸だが、女房が立派なのはなお悪い」というセリフが、


結末を知った後だとなおさら印象的。