モモちゃんが家族旅行で訪れたのは、不可能が可能になる不思議な街だった。
少女が家族三人で訪れたのは、どこにでもあるような地方都市。
しかしそこは、警察に追われたスリが池の上を走り、指名手配写真が一瞬に消え、トンネルを抜けると列車が半分になっている不思議な街だった。
「びっくりしたなあ。スリの現場に居合わせるなんてあたしの長い十年の人生で、初めてのことだもの」
「モモちゃん、ビックリするのはそこじゃないでしょ」
(「不可能アイランドの殺人」)
「インペリアルと象」はストレートな芸術ミステリである。
象の生態とピアノの歴史にまつわる神泉寺の蘊蓄は、トリックを暴く材料であると同時に、それ自体が興味深いものだ。
シンプルな着想を発端として、構成とプロットに工夫を凝らしたテクニカルな好篇である。
野球に喩えれば、対照的な二篇──本格ミステリの奇想とブラックユーモアに淫した前者、芸術のペダントリーをトリックに活かした後者を揃えることで、本書は二種類の決め球を味わえる贅沢な一冊になっているのだ。(解説より:福井健太)
「不可能アイランドの殺人」
正統派のハウダニットである。
ここまで純粋なハウダニットはそうはないぞ。
「ザ・本格ミステリ」を読みたければ、深水作品を読め、って気がするほどの安定感だ。
犯人は簡単にわかる。
って言うか、主要な登場人物が探偵役のモモちゃん以外には一人しかいないんだもん。
動機だって、ものすごいシンプルで、
謎は本当に「どうやって殺したか」しかない。
科学トリック(というほどのものでもないが)は基本的には、
伏線がしっかり張っていないとアンフェアな感じが出てしまうものだが、
本作は何しろ科学の粋を結集したテーマパークが舞台なのだから、
殺害方法だって科学トリックが使われていると思わないほうがおかしいくらい。
ハウダニットはロジックがしっかりしていればアンフェアにはならないという好例。
無邪気な幼い少女を演じる天才・モモちゃんのキャラクターも楽しく、
また彼女と会いたいなあと思わせてくれる。
二回挿入されるモノローグも物語に彩りを添える。
ロジックだけの小説ではないのだ。
「インペリアルと象」
こちらも正統派のハウダニット。
音楽の薀蓄が奔流のように流れ込んできて、溺れそうになるが、
読み飛ばしたところで実害はない(笑)
とは言え、せっかくなのでそのあたりも楽しめるといいとは思うけどね。
それにしても、タイトルの「世界で一つだけの殺し方」とはよく言ったものだ。
凶器が象って。
さすがに聞いたことないぞ。
トリックそのものはシンプルでロジックがしっかりしているのでわかりやすく、
ハウダニットものとしては少々物足りない感じもあるのだが、
プロローグで描かれるタイの少年と日本の少女の出会いがほのぼのしていて、
小説として十分読み応えがある。
「五声のリチェルカーレ」や「人間の尊厳と八00メートル」はもちろんのこと、
昨年読んだ「美人薄命」もとても面白く、
深水黎一郎は僕にとって今一番期待感のある作家かもしれない。