「そばかすのフィギュア」 菅浩江 早川書房 ★★★ | 水底の本棚

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しがない書店員である僕が、
日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

書店のオシゴトの様子なんかも時々は。
本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

新作アニメ「ダグリアンサーガ」のキャラコンテストで最優秀賞を受賞した靖子。

彼女のもとに送られてきた村娘アーダのフィギュアは、最新テクノロジーで自在に動き、設定に応じた感情まで持っていたが…。
少女とフィギュアの優しく切ない交流を描き、星雲賞を受賞した表題作など、八編を収録した作品集。



そばかすのフィギュア (ハヤカワ文庫 JA ス 1-4)





昔(と言ってもそう遠い昔ではないけど)、在籍していた都内の店舗で、スタッフ全員でひとり一冊の本を選んで、それでフェアを組もうという企画を行ったことがあります。


その店舗はアルバイトさんまで含めると20人くらいのスタッフがいたので、ちょうどいいフェアになったのです。


POPも自分で作成し、お客様にアピールをして。

フェア期間中でいちばん売れた本を仕掛けたスタッフに賞品を出したりもしました。


そのとき、僕が選んだ一冊がこの「そばかすのフィギュア」です。


本を表紙買いすることはあまりないのですが(フツーそうだよね)、この本に関しては表紙のイラストに惹かれて購入しました。

まだ龍だったころのガルと、そしてアーダ。

秋の夕陽に照らされた幸せそうな二人が描かれている。穏やかで暖かく、気持ちがほっこりするイラストです。

どんな本なんだろう、ってつい手にとりたくなります。

僕がそうだったんだから、お客様の中にもそう思う人はいるだろう。

そう思って、この本を選びました。


結果?


……うーん。まあ、一位ではなかったのですが。

そこそこは売れましたよ。そこそこは。


お客様もきっと僕と同じ気持ちでこの本を買ってくださったのだと信じています。



さて。

感想ですが。


表題作「そばかすのフィギュア」が一番、お気に入りです。


※ここからはねたばらし……というより、既読の方しかおそらく意味がわかりません。




わたしだけが、本当のあの人を知っている。

姿かたちにとらわれることなく、あの人の魂を、心を愛した。

けれどあの人には、自分などは足許にも及ばない美しい想い人がいた。

しかもその人は本物のお姫様。村娘のわたしが敵うような相手ではない。

わたしはただ、愛した人の幸せを願う…。


と、ここまでは、どこにでも転がっているようなファンタジーの王道ですね。

しかし、この物語では、彼女とお姫様の立場が引っくり返ります。

靖子の手によって精魂込めて作られたアーダは美しく輝き、姫様はとても美しいとは言えない出来栄えでした。
物語は…逆転するかのように思えたのですが。

しかし、残念ながらそうはならないのです。

アーダがそうであったように、ガルもまた姿かたちなど関係なく、姫の心を、魂を愛したから。

美しく着飾ったところで、人間が変わるわけじゃないですよね。

人が人に惹かれるのは美しいからではありません。

もちろん、外見の美しさはとても大切だと思うし、誰だって綺麗な女の子は好きでしょうけど、それはただのきっかけにしか過ぎないことのほうが多いのですよね。


アーダと同じ想いを抱えていた靖子もまた、そのことを痛いほど強く感じます。

だから靖子は、もうひとりの自分であったアーダを龍とともに窓辺から送り出します。

二人で傷を舐めあうのではなく、自分ひとりが窓辺に残るのです。

それは自分の心と魂の解放にも似た行為でしょう。


だから…今度は靖子自身にも、旅立ってほしいと思います。

窓辺で待つだけでなく、彼女にとっての「龍のガル」を探すために。