どこにいたって、怖いものや汚いものには遭遇する。それが生きることだ。
財閥企業で社内報を編集する杉村三郎は、トラブルを起こした女性アシスタントの身上調査のため、私立探偵、北見のもとを訪れる。
そこで出会ったのは、連続無差別毒殺事件で祖父を亡くしたという女子高生だった。
「ペテロの葬列」を読んで以降、「誰か」に続いての再読。
ミヤベさんの作品はひとつ読むと、ついつい続けて他の作品も読みたくなってしまうんだよなあ。
再読ばかりで他の本が進まない……。
まあ、それはともかく。
この「名もなき毒」は今年、ドラマにもなっていたのだけれど、結局見なかった。
(出来が良かったのであれば)ちょっと残念だったかもなあ。
※ちょっとだけねたばらしを含む感想です。
さて。
物語は、杉村の勤務先である今多コンツェルンの社内報編集部で起こるトラブルからはじまる。
そこでアルバイトとして働いていた原田いずみという女性。
彼女は、常識では考えれらないほどのトラブルメイカーで、仕事ができないことを理由に解雇したことにより、「生まれながらの嘘つき」とまで言われる本性が顕わになり、杉村と編集部の面々は逆恨みとしか言いようのない攻撃を受けることになる。
そのトラブルを解決する過程で、杉村は古屋美知香と出会う。
彼女の祖父が「連続無差別毒殺事件」の被害者の一人であったのだ。
原田いずみのこまめな攻撃を受けつつも、大好きな祖父を失った美知香の心のケアをできないものかと、杉村は事件を積極的に調査する。
妻の菜穂子や義父は、杉村のことを「お人好しだ」と何度も言う。僕もそう思う。
成り行きで仕方なく、という部分もあったろうし、美知香に引きずられて何となく、というところもあったと思う。
それでも、多分、普通の人ならここまでは出来ないんじゃないかな、というところまで杉村は首を突っ込む。
これは決して誉め言葉じゃない。
この事件において杉村が成したことはほとんどないと僕は思う。
杉村が推理しなくても外立君はいずれ自首しただろうし、美知香だってきっと自分で立ち直ったはずだ。
杉村がいてもいなくても、大した差はない。
僕は、杉村はただの野次馬でしかないと、そんな風に感じた。
原田いずみの件にしても、そうだ。
もちろん、起こったことだけを見れば、彼女の方が全面的に悪いし(特に幼い子供を人質にとったことなど万死に値する)、杉村の対応が間違っていたとは思わない。
彼は最善を尽くした。
けれど、杉村が今多コンツェルン会長の娘婿であるという立場である以上、その位置から何を言っても、原田いずみは「苦労も知らない裕福で幸せな人間が、何を上からモノを言ってるんだ」としか取らないだろう。
もちろん、それは杉村のせいではないけれど、杉村にはその自覚がなさ過ぎるのだ。
頭では理解しているのだろうけれど、実感として何もわかっていない。
それはとても、危険なことだと僕は思う。
土地が毒を含んでいることはある。
原田いずみや、外立君のような人が毒を撒き散らすこともある。
人間は誰でも「名もなき毒」に知らずに侵される危険と隣り合わせで生きている。
どんなに警戒しても防げない毒というのもある。
だからこそ、敢えて、自分から事件の渦中に飛び込んでいく杉村の気持ちは理解できない。
それは、驕りだと思われても仕方ないのじゃないかな、と思う。