「長い長い殺人」 宮部みゆき 光文社 ★★★★★ | 水底の本棚

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しがない書店員である僕が、
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書店のオシゴトの様子なんかも時々は。
本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

夜道で若い男性会社員の無残な死体が発見された。被害者の名前は、森元隆一。
はじめは、轢き逃げ事件と思われていた。しかし被害者の妻・森元法子を事情聴取した刑事は、 彼女の態度に違和感を覚える。そして、亡くなった隆一には多額の生命保険がかけられていた。
しかし、法子には犯行時刻に鉄壁のアリバイがあった。決定的な証拠が出ないまま、マスコミは法子と法子の愛人・塚田和彦を連日とりあげ、彼らは時代の寵児のように扱われるようになり…。



長い長い殺人 (光文社文庫)




※ねたばらしを含む感想です。未読の方はご注意を。




ホームズっていう猫や、ルパンっていう犬や、とにかく何でも探偵役をつとめてしまうこのご時勢だし、ミヤベさん自身も「パーフェクトブルー」「心とろかすような」では元警察犬のマサを一人称に起用している。

しかし、無機物を一人称にしてしまうのはなかなかない。

財布が一人称だからって、軽いユーモアミステリではない。


「模倣犯」につながる、劇場型犯罪を描いた序章である。


ところで、財布というのはただのカネを入れる入れ物ではない。

大抵の人が財布を紛失したら、まず心配するのは現金ではなく、それ以外のものだろう。

カード類だけでなく、思い出の品や貴重なものなどを入れていることも多いし、財布そのものを大切に思っていることもあるだろう。

そして本作の登場人物たちも例外ではなく、事件に関する重要な品々や、それぞれにとって大切なものを入れている。財布そのものに対する強い思い入れがある人物もいる。

つまり財布というのはただの入れ物ではなく、時として持ち主そのものを表すこともあるのだ。

人間にとってそれだけ重要な物である財布を一人称にし、登場人物の人となりをそれぞれの財布に語らせるという試みは面白い。

淡々と事実だけを語っていく三人称と違い、子供の財布は保護者的な立場から、探偵の財布はパートナーのように、それぞれ独特の語り口を持つ。これは面白い。

さて。

この物語がプレ「模倣犯」だとミヤベさんが語る意味は、読めばすぐわかる。


事件の黒幕が、マスコミを利用してのぼりつめていこうとするところ。

目的はカネではない。彼らは有名になって、そして人々を高みから見下ろす(見下す)存在になりたいだけなのだ。カネはあくまでそこにくっついてくる副産物でしかない。


また、スマートで現代的で(まるで俳優のような)、弁が立って、他人を手のひらの上で転がすことを無上の喜びと感じるような人間であるところも「模倣犯」との共通点だ。


そんな人間が、まわりの人間を利用し、陥れ、嘲笑いながら上りつめていく様子を、彼らの「財布」はどうすることもできなくて、やきもきしながら眺めている。


読者もそれはまた同じ。


特に……ちいさな男の子がナイトのように、自分の大好きな叔母さんを守ろうと奮闘している姿は、本当に読んでいるこちらも「頑張って!」と声援を送らずにはいられない。


すぐそばにいて、事情も何もかもわかっているのに、どうすることもできない存在である「財布」はまさに「読者」の分身のようなものだ。


ラストちかくで、唐突に真犯人(というか、実行犯)が登場するのは、ミステリという観点からみればちょっとアンフェアではあるのだけれど、そんなことがあまり気にならないくらい、結末まで一気に読まされてしまう作品。


物語の本流以外にも、ちょっとしたエピソード(若手刑事の財布の話とか)がちょいちょい挿入されて、それらもまた物語に彩りを添えている。


ミヤベさんの代表作「模倣犯」につながる、隠れた(?)名作。

未読の方がいたら、絶対に読んでほしいなあ。

(未読の方はこの感想読んでないんじゃ?)