「誰か somebody」 宮部みゆき 文藝春秋 ★★★☆ | 水底の本棚

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しがない書店員である僕が、
日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

書店のオシゴトの様子なんかも時々は。
本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

今多コンツェルンの広報室に勤める杉村三郎は、義父でありコンツェルンの会長でもある今多義親からある依頼を受けた。

それは、会長の専属運転手だった梶田信夫の娘たちが、父についての本を書きたいらしいから、相談にのってほしいというものだった。

梶田は、石川町のマンション前で自転車に撥ねられ、頭を強く打って亡くなった。

犯人はまだ捕まっていない。依頼を受けて、梶田の過去を辿りはじめた杉村が知った事実とは…。



誰か―Somebody (文春文庫)




「ペテロの葬列」を読んだのをきっかけに再読をしてみました。

初読のころはこれがシリーズになるとは思ってもみなかったな……。




※ねたばらしを含む感想ですので、未読の方はご注意を。




物語はいくつもの謎が複雑に絡み合って、怒涛のように展開していく。


梶田を死にいたらしめた自転車事故の犯人は誰なのか。

梨子が書きたいという、父親の自伝はどういう形で完成を見るのか。

聡美が幼いころに「誘拐された」と記憶している事件の真相は。

タクシー運転手として、今多コンツェルンの「車屋さん」として真っ当に暮らしていた、その前の梶田の人生には何か後ろ暗い秘密があったのか。


ミヤベさんの作品にはありがちなことだが、どれが話の本線なのだかわからない。

(そして、そのわからなさがちっとも不愉快ではない)


それらすべてをきれいにまとめ上げ、そして予想だにしない結末に物語はたどり着く。

(いや、携帯電話の着信メロディの伏線で予想はできていたのだが)


梶田の二人の娘、聡美と梨子。

自伝発行に乗り気の梨子、梶田の忌まわしい過去を知っているため止めて欲しいと願う聡美。

聡美があまりにも、控え目で、礼を重んじて、そして臆病だから、その対比として梨子に対しては最初からあまりいい感情を抱かなかった。

でも、父を想う気持ちは本物だろうし、それに若さゆえの天真爛漫さだと解釈しようとした。


…にもかかわらず、この結末はないよ。

聡美と梨子は対照的な二人なんかではなかった。

聡美も梨子も互いを羨み、そして妬んで生きてきたのだ。

その表現方法が違っていただけで、実は二人ともそっくりだった。

携帯電話の着信メロディはあからさまな伏線。僕みたいに鈍い読者でさえ気づいた。

けれど、それはさすがにないよな、とも思った。それではあまりにも聡美が救われないから。


杉村も多くの悩みを抱え、でも自分の得た素晴らしい宝物を失いたくないからそれを考えないようにし、その上で前向きに生きている。

聡美は自分にとって辛いことからは目を逸らし、そして頬っ被りをして生きている。

気づかない振りをしていれば何もなかったのと同じことだと決めつけて。

杉村が特に頼まれてもいない聡美の過去の真実を探ったり、梨子の裏切りを暴いたり…それは杉村が、自分と聡美が似ていることに気づいていたからではないだろうか。

今多コンツェルンの掌から少しでもはみ出したいと心の片隅で願っていたからではないだろうか。

幸いにも、聡美と違い、杉村は妻や子に愛され、そして義父も決して悪い人間ではない。

今の杉村は幸せだと言ってもいいと思う。そしてこれからも幸せでいて欲しいと思う。


もちろん、聡美にも、そしてできることなら梨子にも幸せになって欲しいと願っている。



「男と女はね、くっついていると、そのうち品性まで似てくるもんだよ。だから、付き合う相手はよくよく選ばなくちゃいけないんだ」