「ブラック・アゲート」 上田早夕里 光文社 ★★★☆ | 水底の本棚

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しがない書店員である僕が、
日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

書店のオシゴトの様子なんかも時々は。
本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

日本各地で猛威を振るう未知種のアゲート蜂。

人間に寄生し、羽化する際に命を奪うことで人々に恐れられていた。

瀬戸内海の小島でもアゲート蜂が発見され、病院で働く事務長の暁生は、娘・陽菜の体内にこの寄生蜂の幼虫が棲息していることを知る。幼虫を確実に殺す薬はない。

未認可の新薬を扱っている本土の病院を教えられた暁生は、娘とともに新薬を求めて島を出ようとするが、目の前に大きな壁が立ちはだかる…。

暁生親子の運命はいかに。



ブラック・アゲート



「小説の出だしってやっぱり大切だよなあ」


「ナニ急に?」


「いやさ。なかなか面白そうだなって思って手に取ってみるんだけどさ……最初の数ページでつっかえちゃって、しばらく積ん読になってしまう本ってあるじゃん?」


「よくある。しょっちゅうだね。で、実際えいやって読んでみると、やっぱり面白いの。もっと早く読んでおけばよかったよって思ったりして」


「だろ。そういうの、あるよな。やっぱり小説の出だしって大事だよ」


「この本もそうだったの?」


「逆だよ。最初のプロローグを読んでさ、この本はきっとこれから面白くなるぞって思った」


「最初の、過疎化しつつある村で老人の死体が蜂に食われているシーン?」


「その言い方だと、まるで残虐シーンがあるから面白そうって感じているみたいに誤解されるな(笑)

 そういうんじゃなくてさ、これから物語がどういう展開を迎えていくのかわからなくて、でもわからないからドキドキするっていう……ワクワク感だな」


「そこまでもっていく書き方も達者だよね。たった数ページでこの人は巧いって感じられるよね」


「そうなんだよな。要するに、こういう文章の運びをする人ならこの先、きっと読者を裏切らないだろうなっていう確信が持てたんだよ」


「で? どうだった? 実際面白かった?」


「それはまあ、なあ。最近、貴志祐介さんの『雀蜂』を読んでいたからハチ怖えーなって思っていたのでなおさらだなあ」


「これが近い将来絶対に起きないっていう保証はないんだよね。寄生蜂が人間を宿主に選ぶという事態が起こりえないとは誰にも言えない。

 今まで地球上に君臨して他の生物を蹂躙していた人間が、いつか蹂躙される側にならないとは……言えないよね。

 そして、そのとき人間を王座から引きずり下ろすのは、意外にちいさな生物なんじゃないかって気がするんだよ」


「うん。そういう恐怖はすごくよく描けていたなと思う。リアルさを損なわない程度に壊れた世界だ。

 そういう世界で、でも人間としての尊厳を失わなうことなく生きていく人がいる。

 この物語が過疎の村からスタートしたのには意味があるんだ。

人間が人間としての誇りと尊厳を失わずに、人と人とのつながりを捨てずに生きていければ……たいていの困難は乗り切れる。

 ステロタイプかもしれないけれど…それがこの物語で語られていることだよな」


「パニックホラーとか、そういう感じではないんだよね」


「そうだな。ハラハラドキドキするシーンも少ないし、逃亡劇もさほどサスペンスフルではない。かなりそこは淡々と描かれているな」


「クライマックスだなと思ったら、すぐ物語が終わっちゃった感じがしたよ」


「うんうん、そうだな。なんかさ、彼らの逃亡劇が終わりを迎えようとしたときに、残りのページ数を見て、あれ?って思った。残りこれだけしかページないのに、どうやって収束すんの?ってさ。

 そういう意味では終盤に物足りなさは残ったな」


「うん。バタバタって物語が閉じちゃった感じだものね。でもさ、物語のテーマはきちんと読者に伝わっているね」


「そうだなあ。サスペンスホラーとかグロな感じを求めている人にとっては間違いなく物足りないだろうな。

 でも、作者が書きたかったのはそこではないから。

 人と蜂の死闘ではなくて、人と人、人と社会。それらの関係性に対して疑問を投げかけているんだ」


「メッセージ性の強い作品が嫌いならばともかく、そうでないならこの一冊は読んでほしいね」


「そうだな」