「レインマンが出没して、女のコの足首を切っちゃうんだ。でもね、ミリエルをつけてると狙われないんだって」。
香水の新ブランドを売り出すため、渋谷でモニターの女子高生がスカウトされた。
口コミを利用し、噂を広めるのが狙いだった。販売戦略どおり、噂は都市伝説化し、香水は大ヒットするが、やがて噂は現実となり、足首のない少女の遺体が発見された。
オビには「衝撃のラスト一行に瞠目!」という宣伝文句が書かれている。
物語を読み進め、最後の一行にたどり着いた僕は一瞬、何が衝撃なのかよくわからなかった。
数秒後、その意味を理解して胃が10センチばかり跳ね上がったような気がした。
本当に、心臓がどくんといった音が聞こえたような。
そして、説明不能な悪寒が走った。
解説でこの衝撃のラストを「カミソリのような抜群の切れ味」と評しているが、まさに言いえて妙だと思う。
下手な剣の使い手に切られるとひどく痛いが、名人に切られると切られたことすら感じないと言われる。
まさに達人の剣にも匹敵する切れ味を本作の仕掛けは持っている。だからこそに一瞬、僕はその意味を理解できなかったのだろう。その意味を理解することをアタマが拒否したのかもしれない。
※ここから多少ねたばらしを含みますので未読の方はご注意を。
少女たちの足首を持ち去る異常殺人犯を追うベテラン刑事の小暮と、そのパートナーである女性刑事、名島。
渋谷を発信源として広められた「レインマン」の噂を追う捜査の中で、小暮はたくさんの「イマドキの少女たち」と出会う。小暮のようなオジサンたちには意味不明の言葉を操り、常識の範疇を超えたファッションで着飾り、道徳観念を無視した遊び方をする彼女たち。
その対比として見ると、同じ女子高校生でも小暮の娘の菜摘はひどくまともな少女に思える。
親友の死に嘆き悲しみ、父親との外食や旅行を楽しみにする、とても好感の持てる少女として菜摘は描かれている。
事件は解決し、共に連れ合いを亡くした同士、小暮と名島の仲も急接近。
小暮は菜摘にどうやって名島を紹介しようかなんて悩んだりもする。
そこへ持ってきて、このラストだ。
読者をほのぼのした気持ちから、奈落の底へ突き落とすような効果を持った、たった四文字のセリフ。
衝撃的とはまさにこういうラストを言うのだろう。
レインマンである西崎のスーツケースの中身が杖村の死体でなかったあたりで「あれ?」とは思ったのだが、まさかこんなオチが待っているとは思わなかった。
この叙述的な展開も見事だし、その見せ方も文句のつけようがない。
「オロロ畑でつかまえて」や「なかよし小鳩組」などのユーモア溢れる小説の作者と同一人物とは思えないくらい、上質のミステリに仕上がっていると思う。
「噂」によって商品のプロデュースをするという広告の手法をうまく物語に取り入れているあたりは広告製作会社勤務の経歴を持つ荻原浩さんらしいし、登場人物のキャラクターが脇役の一人一人にいたるまでしっかりと描かれ、物語を魅力的なものにしているのも、他の荻原作品と同様だ。
しかし、これほどまでに凄絶なミステリは、荻原浩さんのイメージになかった。
いい意味で裏切られた作品である。