「私は殺人鬼を解き放ってしまったのか?」
元裁判官・梶間勲の隣家に、二年前に無罪判決を下した男、武内が引っ越してきた。
愛敬ある笑顔、気の利いた贈り物、老人介護の手伝いなど武内は溢れんばかりの善意で梶間家の人々の心を掴む。
しかし、梶間家の周辺で次々と不可解な事件が起こり…。
※ねたばらしを含む感想です。
梶間の妻である尋恵、息子の妻である雪見。
この二つの視点から武内の人となりが描かれていくわけだが…最初は善意の人である武内に対して僕も彼の冤罪を信じかけた。
だが、次々と不可解な事件が起こるにつれて、まず雪見が彼のことを怪しみ出し、しかしその雪見は彼の謀略にかかり、家を追い出されてしまう。
雪見は武内の事件の遺族である池本夫妻を味方につけるが、武内の諌言にあっさりと家族は丸め込まれてしまう。
あまりにリアリティのある嘘に、思わず僕も「やっぱり武内は善人で、これは実は池本夫妻が犯人というオチか?」と悩んでしまった。
たった一人での闘いを強いられた雪見はいかほどに苦しかったことか。辛かったことか。
誰でも人に良く思われたいと願うし、何かをしてあげたら感謝して欲しいという気持ちを持つし、親切が受け入れられなかったら悲しいと思う。
武内の場合はその気持ちが強すぎて異常な犯罪に走ったわけだけど、誰にでもその要素はあると思う。
それを見抜けなかった梶間を責めることはできない。
もし自分の隣にそんな人が引っ越してきたらどうすればいいだろう。
押し付けられる親切を我慢するか、拒絶して殺されるかの二者択一を迫られる恐怖とはいかほどのものだろう。
この物語は決して他人事ではないのだ。
火の粉がどちらの方向に飛んでくるかなど誰にもわからないのだから。