「友罪」 薬丸岳 集英社 ★★★ | 水底の本棚

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しがない書店員である僕が、
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本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

―過去に重大犯罪を犯した人間が、会社の同僚だとわかったら?―

ミステリ界の若手旗手である薬丸岳が、児童連続殺傷事件に着想を得て、凶悪少年犯罪の「その後」を描いた傑作長編。
ジャーナリストを志して夢破れ、製作所に住み込みで働くことになった益田純一。

同僚の鈴木秀人は無口で陰気、どことなく影があって職場で好かれていない。

しかし、益田は鈴木と同期入社のよしみもあって、少しずつ打ち解け合っていく。

事務員の藤沢美代子は、職場で起きたある事件についてかばってもらったことをきっかけに、鈴木に好意を抱いている。

益田はある日、元恋人のアナウンサー・清美から「13年前におきた黒蛇神事件について、話を聞かせてほしい」と連絡を受ける。

13年前の残虐な少年犯罪について調べを進めるうち、その事件の犯人である「青柳」が、実は同僚の鈴木なのではないか?と疑念を抱きはじめる……。



友罪



※ねたばらしが含まれている感想です。未読の方はご注意を


「過去に重大犯罪を犯した人間が、会社の同僚だとわかったら?」


「何それ? そんなの想像できないなあ。それに過去に起こした犯罪にもよるし…?」


「たとえば、神戸連続児童殺傷事件ってあったろ?」


「幼児を狙った14歳の少年が起こした連続殺傷事件だよね。俗に酒鬼薔薇事件と呼ばれているやつ」


「あの酒鬼薔薇が君と同じ職場にいたらどうするよ?」


「いや、それは辛い。一度罪を犯した人間は二度と社会復帰すべきではないと考えているわけではないけれど…。それでも、自分のそばにいるのは辛いよね。
本音を言ってしまえば、僕の知らないところで社会復帰してくれ、かな。手前勝手な理屈だとはわかっているけれど」


「まあ、それはフツーの反応だよな」


「だよねえ」


「でもさ。それを知らずにそいつと仲良くなってしまっていたらどうする?
 かけがえのない友人だと感じるようになってから、そいつが過去に重大犯罪を犯した人間だと知ったら?」


「うわあ……どうする…かな…」


「この物語の主人公、益田純一はまさにそういう境遇にあるんだ。
 ジャーナリストを志して夢破れ、ネットカフェを転々としていた益田は寮があるという理由だけで、
 ある町工場に住み込みで働くことにした。まだジャーナリストとしての夢は捨てきれていないから、
 彼はそこを一時の腰掛け就職だとしか考えていなかったのだけれど…そこで一緒に入社してきた鈴木秀人と出会う」


「その鈴木が酒鬼薔薇なの?」


「いや、酒鬼薔薇じゃねーって。現実と一緒にするなよ。でも鈴木はそれに匹敵するくらいの罪を犯した人間なんだ。
だから、彼は人目を避けて、生きている。無口で陰気、どことなく影があって職場で好かれていない。
でも、益田は鈴木と同期入社のよしみもあって、少しずつ打ち解け合っていく。
毎晩、隣の部屋でうなされている鈴木に対して、心配をする気持ちも芽生えていく。益田は基本的にイイ奴なんだよな」


「鈴木はどうやって益田に心を開いていくの? 世捨て人みたいに生きているんじゃないの?」


「あるとき、鈴木が益田にこう言うんだ。『僕が死んだら悲しんでくれる?』って。
 益田はそれに対して『君が死んだら悲しい』と応える。
 実は彼は少年時代に、自分の心ない一言で友人が自殺してしまったという過去を持っている。
 だから、もう誰にも死んでほしくない。鈴木のことを思って言ったんではなくて、自分自身のために言った言葉だったんだ。
でもさ、それは鈴木にとって奇跡みたいな言葉だった」


「それはそうだよね。だって鈴木は酒鬼薔薇みたいなヤツなんだろ?
 日本中からお前なんか生きる資格はないって思われているようなヤツなんだよね?
 そんな自分に、死んだら悲しいって言ってくれる人間がいるなんて思わないもん」


「さらに、鈴木にはもう一人、親しい人間ができる。
 事務員の藤沢美代子。職場で起きたある事件についてかばってもらったことをきっかけに、鈴木に好意を抱くようになる。
 美代子は昔、AV女優をしていた過去があってさ、当時の彼氏にそれをネタに脅されているんだ。
 鈴木はその場面に遭遇して、彼女をかばった」


「なんか…暗い過去を持った人ばかりが集まってしまったんだね」


「そう。そんな人たちが互いに傷つけあって、責め合って、許し合っていくのがこの物語なんだ。
 でな、ある日、益田は作業中、機械に手を挟まれて指を切断するという大事故に遭う。
 そのとき、鈴木は増田の切り落とされた指を適切な処置で保存して助けてくれた」


「そりゃあ、恩義を感じずにはいられないね」


「そこで、増田と鈴木の距離はさらに近づく。美代子と鈴木も順調に愛を育んでいるように見える。
鈴木はまだ人を愛するということがよくわかっていないけれど、なんとなく美代子のそばの居心地の良さは感じている。
でも、益田は気がついてしまうんだ、13年前に起きた『黒蛇神事件』という残虐な少年犯罪の犯人である『青柳』と鈴木が同一人物であることに」


「『黒蛇神事件』というのは……」


「酒鬼薔薇事件といっしょ。2人の幼児を虐殺して目をくり抜いた極悪非道な犯罪だよ。
益田はかつての職場で一緒だった先輩に、その事件の記事を書け、と言われる。
週刊誌で署名入りで載せてやる、そうすればお前はジャーナリズムの世界で一躍有名人だ、と」


「そっか。益田はジャーナリストになりたかったんだもんな…それは魅力的な誘いだよな…」


「益田は苦悩する。
 友人になった鈴木。自分のことを信頼してくれている鈴木。
 そんな彼を裏切ることはできるのか。もし益田が裏切ったら鈴木は死んでしまうかもしれない。
 自分の夢と友情を天秤にかけて、益田は悩み続ける」


「そりゃそうだよ。僕だったら…どちらを選んでも後悔しそうだけど…」


「鈴木は益田に自分から事件のことを話そうとしていたんだ。
益田ならば話してもいい。その結果、益田に軽蔑されても恐れられてもいい。
でも友達でいてほしい。友達でいてくれると約束してくれるなら、益田には全部話をする、と言っていた」


「わかったよ友達でいるよって嘘をついて全部話を聞いて、それで記事にするの?
益田はそんな風にできるの?」


「いや。結果として、益田は記事を書かない。でも先輩の手によって捏造にも近い記事が出てしまうんだ」


「うわあ…サイアクの結果だ」


「それをきっかけに鈴木は工場を去る。やっと見つけた自分の生きる場所を捨てて。
益田にずっと友達でいるという言葉をもらうこともできないままに」


「なんか、救いがないよ。
僕は鈴木がしたことを許せないと思うし、その罪は一生消えないと思う。
僕が遺族ならば鈴木には死んでほしいと思うし、笑っていてなんかほしくない。
死刑にできないなら、せめて一生苦しみながらみじめな暮らしをしてほしいと願うよ。
だから、鈴木が益田に話をして、みんながわかってくれてハッピーエンド……なんてのは納得できないけれど、それでも、救いがないと思うよ」


「けど、彼らは決断をしたんだ。
鈴木は安住の地を去って、たった一人で生きていく決断を。
美代子は元彼の嫌がらせで会社に自分の出演AVをばらまかれても、そこを辞めないと決断した。
自分は何も悪いことをしていないのだからってね。
益田は、会社を辞めて地元に帰った。自分が死なせてしまった友人の眠る地に。
そこで、ひとつの手記を書いた」


「何それ?」


「昔のつてを使って雑誌に掲載してもらったその手記は、鈴木への手紙だった。
自分のつらい過去を告白し、鈴木への思いを告げ、そしてこう締めた。
ずっと友達でいる、と」


「そっか……鈴木がそれを見てくれているといいね」


「物語は何の結論も出さない。鈴木が生きているか死んでいるかもわからない。
正直、僕はこういう終わり方は消化不良で嫌だし、誰もかれもが前向きに歩いていくみたいな、ステロタイプは面白いとは思わない。
途中で話さなかったけど、サイドストーリーとして、鈴木の世話をしていた心療を専門にしている先生の物語もあるんだ。
鈴木の事件で忙しくなりすぎて、自分の子供をほったらかした結果、子供に見限られてしまった先生の話。
彼女もまた、最後は自分の子供と和解をする。これも安易だなって思った」


「何もかもがうまくいったわけじゃないけど、なんとなくハッピーエンドっぽいのかな」


「もちろん、バッドエンドを望んで読んでいたわけじゃない。
さっき、君が言ったように、このままじゃ救いが無さ過ぎるとは思うしな。
でも、だからと言って、安易な終わり方がいいとは思わない。
何かを訴えかけたり考えさせたりする力がある物語はすごいと思うし、そういうものがあってもいいと思う。
でも、小説というのはそれだけでいいのかな?」


「どういうこと?」


「小説の力を借りれば、説得力は増すし、言いたいことも伝わりやすい。
小説っていうのはそれだけの力を持っているものだからね」


「そうだなあ。確かにルポをそのまま読むよりも小説形式のほうが読みやすいし、わかりやすい」


「でも、薬丸岳が酒鬼薔薇事件について何かを語りたいのなら、凶悪犯のその後について何か思うことがあるのなら、それはそのまま語るべきなんだ。小説の体をとる必要は何もない」


「小説はルポタージュでもないし、社会評論でもないってこと?」


「そう。小説である以上、まず面白くなくてはいけない。
読んだ後、考え込ますだけじゃ駄目なんだ。
たとえば、宮部みゆきさんの『火車』はカード破産という社会問題をテーマにした社会派ミステリだけど、
その問題について語るだけの小説ではない。
小説として、物語として、抜群に面白い。そうじゃなくては意味がない」


「『火車』と比べちゃ薬丸岳もかわいそうだよ」


「まあ、そうかもな。でも、僕は薬丸岳がけっこう好きなんだよ。だから期待も込めてってことで」


「なるほど」