「沈黙者」 折原一 文藝春秋 ★★☆ | 水底の本棚

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埼玉県久喜市で新年早々、元校長の老夫婦とその長男夫妻の四人が惨殺された。
十日後、再び同市内で老夫婦の変死体が発見される。
そして一方、池袋で万引きと傷害で逮捕された男が、自分の名前を一切明かさぬままに裁判が進められる、という奇妙な事件が語られていく。
この男は何者か?



沈黙者 (文春文庫)




「折原一さん、好きだっけ?」


「いや。実はそうでもない。どれを読んでも同じというかなあ。凝ってはいるんだけどワンパターンだから一作読めばそれで十分な作家さんという気がしている」


「基本、叙述ミステリしか書かないしね」


「ああ。叙述ミステリって、そうとわかっていては楽しめないものだからな。密室物だとかアリバイ崩しだとかはジャンルを聞いたところでネタばらしにはならないけれど、叙述ミステリはそれだけでネタばらしになってしまうものだからな」


「警戒して読むと意外にわかってしまうしね」


「本作でも万引きで捕まっているのに頑なに名前を明かさずに、異例の懲役六年の実刑を食らう男が出てくるのだけれど……それと並行して語られる連続一家惨殺事件との関連性が物語の焦点になる。でも、叙述トリックがそこに使われていると考えると、展開は何となく読めてしまうよな」


「そうだね。僕はどちらかと言えば、連続一家惨殺事件の行方よりも、“沈黙者”がどうして自分の身元を明らかにしないのか、その理由のほうが気になったね。名前や住所を告げないことで、収監されている間ずっとひどい目にあっているというのにもかかわらず、だよ」


「元はと言えばただの万引きなのにな。作中でも語られているけれど、素直に謝れば警察沙汰にすらならない可能性すらあった犯罪だろ? それを執行猶予なしの懲役刑まで受ける羽目になってまで彼が守りたかったものは何なのか……とても興味がわくよな」


「彼自身の言い訳は『家族に迷惑がかかるから』だったけど」


「まさかそれがそのまんまとは思わないよな」


「もっと深い理由があるに決まっていると思っていた。それも、連続一家惨殺事件のほうに繋がってくるような重大な何かが」


「にもかかわらず……」


「そう。にもかかわらず、だよ」


「まさか本当に家族に知られたくないから、というのが理由だなんてな」


「それも、『著名人である父親に迷惑がかかる』とかそんな理由じゃなくて、ただ単に大好きなおばあちゃんに知られたくなかったから、だもんね」


「拍子抜けもいいところだよな」


「そんなの、警察に『祖母には知られたくないので』とお願いすれば済む話だったんじゃない?」


「興味深々で読み進めた自分が馬鹿みたいだった」


「違う意味で意外性があったね(笑)」